やわらかい光の中で-6
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2月の海ということもあり、人もまばらで、慎治の姿は海の中でも簡単に確認する事ができたが、彼女らは海の中では、必要最低限の言葉しか交わさなかった。
「私、もう一本乗ったら、上がろうかな…さすがに寒いゎ…。」
「…ん?上がる?オレもそろそろ…あと3本乗ったら上がる…。」
耳栓を抜きながら慎治が答えた。
真冬の、しかも2月の海水はすこぶる冷たい。
男も女も基本的には体を冷やしてはいけないらしいが、人間の体は良くできているもので、裕美や慎治のように真冬にも海に入るサーファーの場合、その冷たい海水をなるべく体内に入れないように、耳の軟骨部分が発達し、耳の穴を小さくするという話だ。
これを「サファーズイヤー」といい、サーファーズイヤーになってしまった人の中には、発達したその軟骨部分を切除する手術をしなければならない人もいるらしい。
そのため、裕美も慎治もその日の海では、耳栓をしながら海に入っていた。
言葉数が少なかったのは、そのせいもあったが、基本的に海の中でサーファーは孤独だ。
裕美はその孤独感が、なんとなく好きだった。
裕美が満足する波乗りを1本終え、真冬の海風にガタガタ震えながら上がると、そのすぐ横を小走りで「オッサッキィ?!」と言いながら、過ぎる去る慎治の姿があった。
裕美が頑張って1本乗っている間に、彼は軽く3本乗り終えたのだ。
ショートボードに乗っている慎治は、真冬のレベルの高いサーファーの中でも引けをとらない程上手かった。
「仲良くなれば、少しは教えてもらえるかなぁ…」
漠然と、彼女は思った。
◇
2度目に会ったのも海だった。
春一番も吹き、気候も少し穏やかになってきた3月の花曇の日だった。
近年の温暖化のせいか、3月のわりには気温も暖かく、桜の花も今かと、その咲く時を待っていた。
けれども、海水温は2ヶ月遅れというのが鉄則だ。
3月の水温は真冬の気温の影響を受けていてまだまだ冷たい。そのおかげで、まだ海には人影が少なかった。
彼女は浜辺でヨガのポーズをとりながら沖を眺めていた。
2月に比べると気温が少し上がったので、砂が暖かく感じた。
このくらいの気候になれば、砂浜に座ってゆっくり準備体操ができると実感していた。
本来なら、寒い冬の方が時間をかけて柔軟をしなければならないのだろうが、真冬はさすがに砂も冷たく、ゆっくり準備体操をする気になれないのだ。
「春だなぁ」
と、暖かい風を頬に感じながら、感慨に耽っていた。