やわらかい光の中で-34
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長谷川千鶴と付き合って、既に、3年が過ぎていた。
それは彼の一目惚れだった。
出会ってから1年間、慎治が想いを募らせて、やっとの思いで口説き落とした女だ。
当時、慎治は仕事にもなれ、金銭的な余裕も生まれたことから仕事のために、英会話教室に通うことにした。
その通い始めた英会話教室で受付をしていたのが、2つ年上の千鶴だった。
忘れもしない、通い始めて3回目のレッスン日、六月の半ばで梅雨入りしたばかりの薄ら寒い頃だった。
いつも時間ギリギリに教室に到着する慎治は、その存在を意識しながらも、受付の女性には軽く頭を下げ、通り過ぎるだけで、その顔を十分に査定したことは無かった。
しかし、その日は雨が降っていた。
いつもの通り、始業時間は押し迫っていたが、教室のエントランスでビニール傘をたたみながら、彼は何の気なしに受付に目をやった。
それは男の本能なのか、人間の本能なのか、異性の存在を感じた瞬間、考えるとなしにその相手の容姿を査定してしまう。悪気はないが、無意識にそうしてしまうのだ。それは自分に限ったことではないと彼は信じている。
その時も彼は傘をたたみながら、無意識に受付の女性達を査定した。
そこには暇をもてあまし、雑談に耽っている2人の身だしなみを整えた女性が座っていた。
慎治の視線に気が付くと、彼女達は揃って業務用の笑顔を作り、軽く頭を下げた。そして、その顔を上げると、2人は再び雑談に戻った。
その1人が千鶴だったのだ。
その時、彼は強烈に「見つけた」と思った。
彼女の周りだけ、紗にかかったように白くぼんやりと輝いて見えた。
顔立ちの美しさなら、その隣にいた女性の方が勝っていたようにも思う。
しかしその時の慎治の目には、千鶴以外に映し出されたものはなかった。
色は白く、キメの細かいきれいな肌をしている女性だった。こじんまりとした顔立ちは、美人というよりは、可愛いと言った方が適切かもしれない。
彼女には人目を強く引く、華やかな美しさはなかったが、どことなく、儚気でありながら、その芯の強さを感じる魅力があった。
まるで庭の池の辺に涼しげに咲く、鈴蘭を思わせるような、清楚な美しさがあったのだ。
その顔、雰囲気など、彼女の風貌の全てが彼の好みだった。
実は千鶴を「見つけた」当初、彼には、交際を始めたばかりの5つ年下の彼女がいた。
千鶴とは対照的に派手な服装に、濃い目の化粧、周りの男からちやほやされていることが、容易に想像できる立ち居振る舞いをする女だった。
若いというのはある意味罪深い、と自分の過去は棚に上げて、その彼女のことを思ってもいた。
彼女は派遣社員で半年程、彼の会社で働いていた子だった。隣の部署で働いていた彼女は、慎治には考ええられない程、強引に彼に接近してきて交際を迫った。
彼もその告白を受けた時には他に好きな人も気になる相手もいなかったので、とりあえず、彼女のその申し出を受けることにしたが、はっきり言えば、彼も男として、女の武器とも言える、その若くて美しい肌に魅かれたのだ。
5つ年下という年齢も交際を始める理由の1つだった。
少し付き合ってすぐ別れたとしても、この子には他の男がすぐに現れるだろうと勝手に決め付けていたのだ。
そう思えば自分の罪の深さをそれ程意識しなくても済む。そう考えて彼は、彼女の気持ちを受け入れることにした。
「カノジョだから好き」という以上に、彼はその彼女に愛情を持っていなかったのだ。
女性に対して、それほど積極的なタイプではなかった彼の基本姿勢は「来る者は拒まず、去る者は追わず」だ。
彼女ができれば大切にする方ではあったが、他に好きな女性ができた場合の彼の決断は、その可能性の如何を問わず、いつも早かった。