やわらかい光の中で-25
◆
彼女の部屋の本立ての横には、1枚の夕日のポラロイド写真が置かれている。
その写真の余白には、「2003.02.08 17:02 view from shinjuku」と書いてあり、裏には「誕生日おめでとう。これかも楽しく生きていこうね。」と、メッセージが添えられている。
それは5年前の彼女の誕生日に、ある男性から贈られた写真だ。
その年の彼女の誕生日の夕日を収めたものだ。
今まで貰ったどんな高価な物より、そのプレゼントは、彼女の心に強く響いた。
当時、彼女は、この男性のことが、好きだった。
それまでに感じたことのない程、彼のことを「好き」だと思っていた。
彼と一緒に居さえすれば、それだけで楽しかった。
彼のことを思うだけで、幸せな気持ちになれた。
毎日の電話が楽しく、メールがくれば何をしていてもすぐに返信したくなった。
毎日でも会いたいと思ったし、常に彼の望む自分でありたいとも強く思っていた。
それより何より、彼のぬくもりを感じることが嬉しかった。
そして彼もまた、裕美に好意を寄せていてくれているようだった。
その事実が、いや、彼女がそう感じることが、更に彼女を幸せにした。
しかし、裕美がその男性と交際することはなかった。
ある日、彼女が彼の部屋に招待された時のことだ。
それまでにも、何度か彼の部屋でDVDを見たり、お酒を飲んだりして過ごしたことがあったが、その日は、彼女が彼に食事を作る約束をしていた。
2人で近くのスーパーで買い物を済ませ、彼の部屋で缶ビールを一口飲んだ後だった。
「ちょっと見せたいものがあるんだ。」
スーパーの袋から食材を取り出していた裕美に、彼が神妙な声で近づいてきた。
彼は部屋の奥にある、作り付けのクローゼットの前へ彼女を誘導した。そして、大きく息を吐き出してから、ゆっくりとその扉を開いた。
クローゼットの中には、コードが引かれていて白熱灯らしき、ライトが3つ激しく光を放っていた。
その光の先には、青々とした葉を広げた植物が悠然と置かれていて、その歪な放物線を描いて広がった葉を彼女はかわいいと思った。
しかしなぜ、ライトを煌々と当てながらクローゼットの中に隠されているのか、ライトの光が必要ならば、太陽の光を当てても良いのではないか、観賞用の植物ならばクローゼットの中に隠す必要はないのではないだろうか…そんなことを空腹に飲んだビールに、ぼんやりさせられた頭で、漠然と考えていたように思う。
その植物とは、大麻だった。
彼の口からそれを聞かされた時、その現実に対して彼女は「無」だった。
正確に言えば、それを受け止めることができなかったのだ。
こんなにも身近なところに、こんな現実が存在することを理解することができなかった。
彼は、販売のためにそれを栽培しているのではないと言った。自分や友人が楽しむためだけに栽培しているのだと裕美に説明した。そしてこう補った。
「この事実を言うべきかどうか迷ったけど、これもオレのライフスタイルの一つだから、裕美には理解してもらいたいと思って。」
その言葉を聞いた時、彼女は反射的に笑顔でこう答えた。
「そうなんだ。」
その笑顔が引きつっていなかったことを知ったのは、それから少し経ってからだ。
2人でいつものようにお酒を飲んでいると、彼が嬉しそうな顔でこう言った。