やわらかい光の中で-20
この2つの世界の間にねっとりと鎮座する暗闇は、自身がそれを望もうが望まなかろうが、いつしか、この両脇の刹那的な空間を全て呑み込み、何もなかったことにしてしまう、そして、その時を今か今かと音も立てずにひっそりと伺っている、そんな恐ろしくも切なく、途轍(トテツ)もない力を持っているように思えたのだ。
一方、両脇の桜並木はいつか来るその時に怯えながらも、ブラックホールに呑み込まれる現実をしっとりと受け入れ、少しの悲壮感と何か期待に似た気持ちで、その時を待ち続けているようにも思えた。
そんな妄想を独り頭の中で繰り広げながら、裕美はふわふわした気持ちで、慎治の斜め後ろを歩いていた。
しばらく歩くと、彼がベンチを指差し座ろうと言うので、2人は川側を向いたそのベンチに腰を下ろした。
彼は、ポケットから煙草を取り出しそれを口にくわえ、火をつけた。
裕美はその様子を視界の片隅に入れながら、向こう岸に見えるライトを見つめていた。
「寒くない?」
慎治が体を動かすたびに、ダウンジャケットのナイロンが摩れる音がした。
その微かな音を心地よく感じながら、彼女は「大丈夫」と頷いた。
「ここ良いでしょ?」
煙草の煙を吐きながら慎治が言った。
「いいね。人いないし。」
「ライトの位置がいいよね。」
慎治が手前の照明を見つめながら言った。
「本来さぁ、こういう外灯は、高い位置に付けた方が、光が当たる所が広くなるから、いいはずじゃない?」
裕美は彼を振り返り、彼の視線の先へ自分の視界を移した。
「でもそうしたら、今の時期とか夏とかの桜が茂ってるときは、木に邪魔されて道が暗くなっちゃわない?」
照明を見ている慎治を見つめなおして、裕美が言った。
すると慎治は後ろを振り返り、遊歩道の先を指差しながらこう続けた。
「向こうの上から照らせば、歩くところは明るくなるよね。」
彼の指したところを見ながら彼女も納得した。
「でも、この位置にライトがあれば桜が満開になったときに、こうして花びらを照らすじゃない。それがすごいキレイだよね。」
真上を見上げながら言う慎治につられ、裕美も頭上の桜を見た。
そして、彼の言っている意味を理解した。
「これって、この遊歩道をデザインした人の心遣いだと思うんだよね。」
桜を見上げたまま、彼は続けた。
「いいよね。そういう小さな心遣い…センスを感じるなぁ…。何かをデザインする仕事とかモノを作る仕事っていろいろあるけど、なんか作る仕事をしてる人に持ってて欲しいセンスだなぁって思うんだ。こういう小さな心遣い。…まぁ…仕事の種類に限らず、こういう感覚って忘れちゃいけないのかなぁって思うよね。」
裕美は、思わず桜から目を逸らし、自分の足元を見つめた。
一瞬、視界の中に映った向こう岸の輝きが、恨めし気に彼女の脳裏に焼きついた。
◇
自分の仕事のことを思った。
新卒で第一希望だった今の会社に入り、運良く制作の仕事に携わることができた。
入社した時は、自分が強く望んでいた今の部署に配属された事を単純に喜んでいた。その熱意も人並み以上にあり、配属が決まった夜は嬉しくて眠ることができなかった。
同期で制作に配属されたのは、裕美だけだったこともあり、制作志望だった同期に羨望の眼差しを贈られたことは、今でも忘れない。
自分はこの企画制作部で、人の心に強く印象付けるイケてる広告を作っていける、イベントでもCMでもなんでもこなせるプランナーになりたい、と希望に胸を膨らませてもいた。
しかし、現実はそんなに甘くはなかった。