やわらかい光の中で-14
◇
2人は1時間ほどでその店を後にした。
慎治がコーヒーを飲みながら天井を仰ぎ、目を瞑ったりしていたので、裕美は眠いのかと彼に訊ねたが、そうではないと彼は答えた。
しかし目を瞑ってクラシックに聞き入る程、彼がクラシック好きとも思えなかった。
コーヒーを飲みながら、のんびり話をしていた時には気が付かなかったが、慎治は話をしながら別のことを考えていたのかもしれない。
しかしそうだったとしても、別に気にすることではないように感じた自分が不思議だった。
店を出て進行方向を見ると、先ほどよりスムーズに走ってはいるものの、車はまだまだ多く、眠気を誘うスピードだ。
「運転大丈夫?」
車の前で今度は本当に運転を代わるつもりで聞いてみた。
「大丈夫。大丈夫。…別に本当に眠いわけじゃないから。…なんかゆっくりした音楽聴いてたら、ボーっとしちゃった。」
半信半疑ではあったが、裕美は彼の言葉を信じることにした。
◇
慎治は喫茶店を出てから、著しく言葉数が減った。
渋滞はまだ断続的に続いていたが、時折、ダラダラ車を走らせながら急ブレーキを踏むこともあった。今までにそんな運転をした事のない人だったので、裕美は慎治が疲れているのかと思い、彼の様子を注意深く見てみたが、どうも疲れているのとは違うようだ。
やはり何か考え事をしていて、心ここに在らずという様子なのだ。
その証拠に、運転とは関係のないところで微妙にその表情が変化していた。
小さく首を傾げてみたり、何かを思いついたような目をしながら、視界の上の方に視線をやったり、不必要なため息も増えた。
どの仕草も本当に些細な動きではあったが、裕美はそれを見逃さない程、彼の様子を注意深く覗っていた。そして、彼は裕美のその注意深い眼差しにも、自分の些細な表情の変化や仕草にも全く気付いていないようだった。
ふと、慎治に限らず、他人のこんな無防備な姿を見るのは久しぶりだと気が付き、裕美は、なんとも温かく穏やかな気持ちになっていた。
◇
2人の車は、車通りの少ない幹線道路に入った。
太陽は、夕暮れに近づいていることを知らせる穏やかな光に変わっていた。
アコースティックギターのメローな音楽が流れた車内の時の流れは、ゆったりとしていて心地よかった。
慎治は、相変わらず何かを真剣に考え込んでいるようだったが、裕美はあえてそれには触れず、とりとめもない会話を続けていた。
道路の両脇は窪地になっていて右側は太陽に照らされ、イキイキと輝いた畑が小川を挟んで遠くの方までずっと続いていた。
一方、左側は公園のように整備されていたが、道路の陰になり、少し陰鬱として映った。
そして、そこに桜が綺麗に並べて植えてあった。
ここが目的地かなと思いながら、裕美は窓の外の流れる桜を眺めていた。
車が緩やかな勾配を上り始め、その先に小さな橋が見えた時、慎治が口を開いた。