やわらかい光の中で-11
暇だから車を買ってみた。
週末にどこかにドライブにでも行こうと思ったのだ。
初めの頃は、いろいろなところに行ってみたが、1年もしないうちに、行きたい所もだいたい行きつくした。
そして、車で出かけることに意味を持ちたくなるようになった。
目的もなく家を出ることが、面倒になったのだ。
このままでは独りでずっと家に入り浸ることになると思い、サーフィンを始めた。
兎にも角にも独りの生活を始めて、家族の体調管理から炊事洗濯まで何も言わずにやってくれ、ただ家でずっと家族を待ち続けていてくれた、母のありがたみを知った。
今日、たとえ帰りが深夜になっても、慎治の家まで送ってもらえればそこからは自分の車で帰ることができる。
家に帰っても、話す人も待っている人もいない。
特別やりたいこともない。
どうせ、明日も掃除と洗濯をするばかりだ。
明日は1日中暇だ。
◇
ギアをバックに入れ、後方を確認しながら、車が海から離れていった。
車がすっかり海とは反対の方向を向いた時、慎治は煙草に火をつけながらこう言った。
「体、冷えてない?とりあえずなんかあったかいモンでも食ってこうか。」
彼はチラッと裕美の顔を見て、すぐに視線を進行方向へ移した。
彼女は彼の視線が移ったことを感じると、同じようにチラッと彼の顔を見て、なんとなく、彼の視線の先を見ながら、小さくうなずいた。
2人は海の近くに新しくできたラーメン屋に入った。
あまり美味しくなかったが、裕美は根性で麺だけは食べつくした。だが、真治は残していた。
そして店を出ると「あんまり美味しくなかったね」と、言ってはにかんだ。
「どこ行くの?」
高速に乗って少しして、裕美が進行方向から視線をそらさず、慎治に訊ねた。
「ん?あぁ、桜のいいスポットがあるんだよ。」
「…そうなんだぁ。」
そこがどこなのかを聞きたいと思ったのだが、望んだ答えが返ってこなかった。しかし、もう1度聞く程の事もないと思い、彼女も軽く受け流した。
いつもの彼と何かが違った。
ここ最近のメールのやり取りが2人の心の距離を縮めたのか、車の中では海の話以外の会話が自然と出てきた。
その会話の中で、慎治が高校生の時にラグビーをやっていたことを知った。しかもそれは、幼い頃に見たドラマの影響だということを聞いて、笑った。
残念ながら、慎治達のチームは非常に弱く、試合に勝ったことは数えるほどもなかったらしい。ラグビーは高校3年間でやめて、大学に入ると、なんとなくイメージでテニスサークルに入ったそうだ。
しかし好みの女の子がいなくて、そのサークルはすぐに辞めたらしい。そして気がついたら、女子マネージャーもいないサッカーサークルに入っていたと、彼は言った。
サッカーは小学校の頃からやっていて、今でも会社のサッカー部に所属しているらしい。
サッカー部といってもサークルのようなもので、会社から活動費が下りるから、サッカー好きの社員が集まってサッカーをしている程度と言うことだった。それでも会社帰りに練習をしたり、たまには試合にも出ているらしい。
因みに、サッカーを始めたのも小学生当時、流行っていたテレビ漫画の影響だったということだ。
意外とミーハーなタイプだと思ったら可笑しくなった。
ガリガリに痩せているというわけでもないが、ガッチリした体格でもなかったのでラグビーをやっていたのは以外だった。
そう言われてみれば、Tシャツから出た二の腕には、無駄のない筋肉の膨らみが美しく曲線を描いていた。