やわらかい光の中で-104
海から吹き上げる風に身震いした。朝露に濡れたコンクリートの壁がお尻の下から冷たさを伝えた。
空は厚い雲に覆われて、海は薄暗く輝いていた。
暫くして、水平線の向こうに太陽の頭が見えた。辺りは赤く染められ、雲は所々茜色に変わっていた。みるみる太陽が昇り、2人はオレンジ色の柔らかく優しい輝きに包まれた。
哲也は体を起こし、上りゆく太陽をじっと見詰めた。
千鶴は体の力を抜き、ぼんやりとその輝きを眺めた。
「ねぇ…オレが田舎で暮らそうッて言ったら、ついてきてくれる?」
哲也が太陽を見つめたまま、頬をオレンジ色に染めて唐突に聞いた。
「…そうだね。そのタイミングによるかな…。」
太陽を見たまま、オレンジ色の頬で千鶴が答えた。
「タイミングね…大切だよね。」
「そうだね。」
哲也は千鶴の手を強く握り締めた。
それに答えるように彼女もその手を握り返した。
「これ、バレるかな?」
那覇で買ったお揃いの携帯ストラップを太陽の光に照らしながら、哲也が呟いた。
「…その時は、その時だね。」
自分の携帯を取り出し、重ね合わせるように太陽に照らし千鶴が答えた。
「…それも…タイミングかね…。」
千鶴の肩に手を回しながら哲也が言った。
「さぁ、どうだろうね。」
オレンジ色に輝く柔らかい太陽の光を浴びて千鶴が答えた。
そのまま2人は温かいオレンジ色の太陽をバックに、それが昇りきるまで激しくキスをした。
無駄な力の抜けた太陽は、瞼の向こうで優しくしなやかに輝いている。
茜色に染められた幻想的な雲、キラキラ優しく輝く悠然たる海、全てを包み込む壮大な空、優しく頬を滑る風、穏やかに打ち寄せる波の音、それらの中心に柔らかく輝くオレンジ色の太陽があった。
そして、その刹那的な空間の中に哲也と千鶴は溶け込んだ。
千鶴は唇から彼の存在を感じていた。
哲也も同じように彼女の存在を感じていた。
阿嘉島の朝日は彼女の心を優しく包み込んでいた。
瞼の向こうの柔らかいオレンジ色の輝きを、彼女は心の中に焼き付けた。
そして、その輝きが永遠に続く事を願った。
波の音が静かに2人の耳に届き、海から吹く風は彼女の髪を嫋(タオヤカ)に揺らした。千鶴は哲也の鼓動を全身で感じ、太陽はじっと2人を見ていた。