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やわらかい光の中で
【大人 恋愛小説】

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やわらかい光の中で-103

暫く歩くと目の前に海が開けた。明かりもなく真っ暗闇の中の海は、自分達を吸い込んでしまうかのような恐怖を感じさせた。

千鶴は無言で哲也の腕にしがみつき、彼の存在を確かめようとした。

空を見上げると、満点の星空がそこに広がっていた。無数に散りばめられた星達は、2人の頭上で丸く広がり、遥か彼方の宇宙を思わせた。じっと空を見ているとそこに吸い込まれていくような気がしたが、それに対しての恐怖は感じなかった。

視界の片隅でいくつも星が流れては消えた。何億光年も前の輝きが、今こうしてこの地球に届いているのだと思うと、人知れずロマンを感じたが、計り知れない膨大な月日を実感することはできなかった。星座を創ったといわれる古代の羊飼いへ想いを馳せる。無数の星を目の前に彼らは何を思ったのだろうか。

今、彼女は目の前の星達に包み込まれ、人知れず、暗闇の中の小旅行を楽しんでいた。
暗闇の中で確かに実感できるものは、隣の哲也の体温と目の前の星、頬を滑る柔らかい風と微かに聞こえる波の音だけだった。


「あっ光った!」
波打ち際を指差して哲也が言った。
その声に彼女も海を見たが、その時には既にその光は消えていた。
「夜光虫?」
哲也の腕にしがみ付きながら千鶴が聞いた。
「そう。…あっあっち!」
再び彼の指の方向を見たが、千鶴には黄緑色の光は見えなかった。
「海、全体を見ながら、じっとしててごらん。視界の片隅に黄緑色の光の集団が見えるよ。」
ゆったりとした波の音が2人を包んだ。
千鶴はじっと暗闇の中の海を見詰めた。すると先程感じた恐怖感はどこかへ消え去り、真っ暗闇に見えた海は、少しずつ彼女の視界の中で鮮明になってきた。
哲也の体温が彼の腕を通して彼女に伝わり、その温もりが彼女に安心感を与えていた。

その時、視界の片隅で何か黄緑色に光った集団を見た気がした。
慌ててその方を見るとその光は既に消えてなくなっていた。
もう一度彼女は目を凝らし、海全体を見つめた。
すると今度は先程と逆の方向で緑色に光った。
しかしそちらに目をやると、その光はもう消えていた。
何度かそれを繰り返し、何度かしっかりと黄緑色の光達を確認する事ができた。

「なんか…逃げ水を追いかけてるみたいだね。」
千鶴が微笑みながら言うと、哲也はそっと彼女の肩を抱き寄せ、優しくキスをした。


―阿嘉島最終日。
この日は港から見える朝日を見に行く事にしていた。

哲也と千鶴はまだ薄暗い阿嘉島の集落を歩いていた。

暗がりに石敢當(イシガントウ)に水をかけているおばぁを見かけた。その老婆は樽に入れた水を柄杓(ヒシャク)で掬って石敢當にかけ、その前で手を合わせていた。2人は遠目にその姿を見ながら港を目指した。

港の隣の浜辺に人影はなかった。
漂う風が秋の訪れを匂わせた。
彼女は悠然と立ち塞がるコンクリートの壁を指差して、哲也の手を引き、彼は眠い目をこすりながら、彼女に先導されてトボトボその後を付いて歩いた。
壁の高さに彼も目が覚めたようで、打ち寄せる外海の波に見入っていた。千鶴がビーチサンダルを脱いで、海に脚を投げ出す形で座り込むと「危ないよ。落ちないでね。」と言いながらその横に同じように座った。
「眠い」と言いながら、彼は千鶴の肩にもたれかかった。ずっしりとした彼の存在感を肩に感じた。


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