やわらかい光の中で-102
夫婦は関東からの移住者らしく、新婚当初は千葉に住んでいたらしい。夫婦は千鶴と同い年で、学生の頃から2人は付き合っていたとの事だ。ダイビングが趣味だった2人は頻繁にこの島を訪れていて、そのうち、本当に移住したいと思うようになったそうだ。ところが、ここへの移住はそう簡単には進まず、島外の者に売られる土地はなかったらしい。それでも諦めず、10年この島に通い詰めて、やっと土地を売ってくれる人がいるという情報を手に入れたと説明してくれた。
それから移住してきたのだが、なかなか地元の人との角質が埋まらなかったという。
「ダイビングに来てた頃は、みんな優しかったんですけどね。実際に住むとなると、やっぱり…ね。」
「でも、島には島のやり方があるし、そういう昔の考え方がこの島の自然を守ってるのも事実だしね。」
「昔のやり方がすべて良いッてわけじゃないけど、今風の関東のやり方が全て正しいってわけでもないですからね。…難しいですよね。」
「…おかげで、夫婦仲は円満ですよ。ここが喧嘩したら、下手すると話す人、いなくなっちゃいますから。」
旦那さんが自分達を指差しながら冗談っぽく言った。そして夫婦は笑いながら見詰め合った。
「別に、島の人にいじめられてるわけじゃないんですよ。…ただ、東京の常識はこっちでは通用しなくッて、移住したばかりの頃はそれにかなり悩まされました。」
「そっ。島には島のやり方があって、ある程度はそれに従わないと…僕達もここに骨を埋める気で来たんだから…今はここのやり方にも少しずつ慣れてきましたよ。」
「なかなか難しいんですね。」
哲也が言った。
「まぁ何事もそう簡単にはいかないですよね。」
「確かに」
と言って、4人は意味もなく笑った。
オーナーの勧めで、近くの海へ星と夜光虫を見に行く事にした。
外灯が少ないからと懐中電灯を渡されたが、それを使わず、真っ暗闇を2人は手を繋いで歩いた。その暗闇の中で、哲也の手の温もりだけが彼女の道標(ミチシルベ)だった。
「こういうのんびりした生活にも憧れるけど…色々難しいんだね。」
暗闇の中から哲也の声がした。
「そうだね。」
「千鶴はこういう田舎暮らし、嫌な人?」
「…どうだろう…相手によるかな。」
「相手?」
「…うん。
相手がそれを強く望むなら、ちゃんとその話を聞いて、どうして田舎で暮らしたいのか、どうやって田舎で暮らすつもりなのか、それを理解した上で自分がどうしたいかを考えるかな。」
「…なるほど。別に田舎暮らしが嫌ってわけじゃないってこと?」
「別に嫌じゃないよ。どこでどういう暮らしをするかより、誰とどういう暮らしをしたいかの方が大切な気がする。」
「…ほぉ…」
「付き合ってたって、夫婦だってお互いそれぞれ事情があるでしょ。それをお互い理解した上で、一緒に暮らすから意味があるんじゃないかな?…なんてね。良くわからないけど…」
2人の間を涼しい夜風が通り抜け、暗闇の中で葉がすれる音が心地よく耳に届いた。
「…あの夫婦は幸せそうだったね。」
「うん。」
「自然体で、良い感じだったなぁ…。
オレらも、ああいう自然な感じでいられたらいいね。」
「そうだね。」
2人が夜風に誘われ空を見上げると、満点の星空が2人をじっと見下ろしていた。