赤ずきんちゃむ、おほかみの食糧につき-6
3 嘘の薬と本物の薬
『よお、赤ずきんのお嬢さん』
その頃のチャムは、駆け出しの配達屋であった。
配達物も菓子やパンが十数個ほど。それらを大きめのバスケットに入れ、自分の足で一日かけて島内を配達して回っていた。そんな中決まった配達ルートとなっていた林の道で、彼女はその人狼に声をかけられたのだった。
『……い、急いでるので』
『いいじゃねーか、少しくらい。俺ね、話し相手が欲しいのよ』
やけに馴れ馴れしい人狼。もっとも、人狼とはこういうものなのかもしれないとチャムは思った。しかし母親や周りの大人から口酸っぱく言われていたのは、知らない人にはついていくなということ。当然今回の場合も、それに従ってこの人狼を無視するのが正しい。
ちなみに後になってジンロに言われたのは、「だって俺、知らない"人"じゃねーし」という屁理屈だった。
『わ、わたし急いでますから!』
なるべく人狼を見ないようにと赤ずきんで顔を隠しながら小走りしたのがいけなかった。次の瞬間、足元に転がっていた石に躓いて派手に転倒する。バスケットは腕から離れ、中に入っていたビスケットとバターが土塗れになり、ぶどう酒の瓶は鈍い音を立てた。そんな道に転がったビスケットを拾い、人狼はぱくりと口の中に入れた。
『ああっ! それ、商品!』
『気にすんな。どうせこんな土だらけじゃ売れねーよ』
ぼりぼりと焼き菓子を噛み砕きながら彼は笑って言った。
『で、でも、お菓子屋さんに何て言いわけしたらいいか』
その場にへたり込み、涙目でチャムは人狼を見上げた。
菓子とバターを林の向こうの老婆の元へ届ける。新人の配達屋だからと任せられた簡単な仕事であった。それすらきちんとできないとなれば、もう仕事なんて来なくなってしまうかもしれない。そんなことを考えるチャム。
今回の配達は特別に酒屋からの依頼も受けていたため、ぶどう酒の瓶が割れなかったことはせめてもの救いであった。
他人事だからだろうか、人狼は肩を竦めて言った。
『そんなの、その辺に咲いてる花でも摘んで頭下げりゃいい。菓子ひとつだめにしたくらいなら、それで許してくれんだろ』
本当に許してくれるだろうか? それでも、確かにお詫びの品を持って謝りに行くのは有効かもしれない。ぐすぐすと涙目でチャムは頷くと、言われたままに道の脇に咲く花を摘み始めた。
『やれやれ』
再び肩を竦め、人狼ジンロは口を斜めにしながら花を摘む少女の背を見つめていた。
(こりゃまた騙されやすいこと)
ジンロは足元に咲いていた花を手折ると、道の脇から林の中へと移動していったチャムに声をかけた。
先程手折った花を差出し、彼は林の奥を指差しながら言う。
『もうちょい紫の花があるといいな。あっちの方に咲いてたぜ』
『本当?』
チャムは自分で作った花束を見つめて頷いた。
花を集めているうちに、涙も引っ込んだようだった。
『あっちの方ね?』
林の奥を指差すチャムに頷き、ジンロは彼女の肩に手を置いて言った。
『そ、あっちの方。だがあっちの方は俺と違って悪い狼がうろついてて危ねーからな。俺が同行してやるよ』
『ありがとう』
この人狼が悪い狼だとは思わなかったのだろうか。それとも商品をだめにしてしまった場合や花束へのアドバイスで、警戒心が薄れたせいだろうか。チャムは何の疑いもなく、ジンロの同行を許したのだった。
(ちょろいもんだ)
ジンロは内心ほくそ笑む。
(もう少し先に進んだら、強引に襲っちまうか。いや、こいつの場合は騙してヤっちまうってのもアリだな)
そんなことを思いながら、ジンロはチャムの後ろを歩いていた。小柄で華奢だが、胸だけは一人前。久々に楽しめそうだ。
(こいつを食って、ついでに菓子と酒もいただきだ)
ちらりとバスケットに目をやり、ジンロは口の端を吊り上げた。