赤ずきんちゃむ、おほかみの食糧につき-2
「赤ずきんちゃん?」
「はい! ご、ごめんなさい!」
この赤いずきんのおかげで、チャムはオトギの人々から"赤ずきん"と呼ばれていた。
菓子屋の女主人はそんな赤ずきんにバスケットを渡し、それから辺りを気にしながら赤ずきんを店の中へと招き入れる。
「どうしたんですか? 今日の配達はこれだけ?」
バスケットと主人とを交互に見やりチャムが首を傾げる。主人はこくりと頷いた。
「そう。今日はベーカリーも配達するものはないみたいだから、本当にそれだけ。売り歩きもなし」
「売り歩きも?」
チャムは驚く。普段は、菓子屋もベーカリーも両手で持ちきれないくらいに配達するものがある。
だから毎日ジンロの運転するおんぼろワゴンで配達に出かけるのだし、配達するものがあまりない時でも、やはりワゴンに商品を詰め込んで売り歩くのが常であった。
それが、今日に限ってはバスケットひとつとは。
「雨でしばらく配達に出ていないから、何か売ってきましょうか?」
チャムの提案に主人は首を横に振った。
「いいえ、いいのよ。その代わりそれを確実に届けてちょうだい。確実にね」
「はい」
「バスケットの中身はパイなんだけど、崩れやすいから、運ぶ時は気をつけてね」
「はい」
「確実にね」
「?」
彼女があまりに念を押すものだから、チャムはバスケットを見つめてただ首を傾げるばかりであった。
「ただいまー」
「よお、おかえり」
家でくつろぐジンロに、チャムは眉根を寄せる。
ジンロの寝転がるベッドの足もとには、雑誌が散らばっていた。それも、胸をさらけ出している女が表紙の。
「ふーん。わたしが仕事を取ってきてる間に、こんなエッチな本見てたっていうの」
中身は見ずとも明らかだ。雑誌の端を摘み上げ、チャムはジンロを睨めつける。
ぎくりと見を強張らせたジンロは、飛び起きるなり慌てて首を横に振った。
「み、見てないって!」
「どうしてこんな本が出てるのよ」
「いやー、この辺をね、お掃除中だったのよ。ホントホント」
言いながら足元に散らばる雑誌やスナックを片づけ始める。
シーツも昨夜のままなのに何を言うか、とチャムは思いながら、軽くため息をついた。
「まあ、寝てても何してもいいけどね。どうせ今日の仕事はひとりでも行けるし……」
腰に手をあて、やれやれといったふうに窓の外を見やる。
「マジで?」それを聞くや否や、ジンロの表情が変わった。「やったね、そんじゃお言葉に甘えて寝よっかな」
嬉しげに声を上げ、雑誌を部屋の隅に追いやると、彼は再びごろりとベッドに寝転がる。
そんな彼を見やり、チャムはむっとしてシーツを剥ぎ取った。
「や……やっぱりだめ!」
チャムは声を上げて首を横に振った。
「ジンロだけ寝てるのズルい!」
「寝てていいんじゃねーのかよ」
「……ズルいからだめ」
それに、とチャムは言って、テーブルの上に置いたバスケットを指差す。
「今日の配達ね、あれだけなんだって。だからひとりでも行けるんだけど」
言いながら、窓を開けた。
新鮮な空気と眩しい光が部屋に流れ込む。
「せっかくいい天気だもん。一緒に行こうよ」
彼女の笑顔にジンロも口を斜めにし、肩を竦めながら頷いたのだった。