パラドックス-2
*
強くなった雨足は、いよいよ私の耳にまで微かに聞こえ始めている。
私は闇の中に薄ぼんやりと見える彼の顔を、一言も発することなくただ睨みつけていた。
ククク、と彼がくぐもった奇妙な笑い声をあげる。
「まあ、わかるはずもない。例えわかろうとも答えられるはずもないのだがね」
そして彼は、口を開いた。
「簡単な解だ。成人の体が扉を通らないのなら、成人になる前に通せばいい」
一瞬の間を持って、彼は言う。
「その女は、まだ体の小さな赤ん坊のときにその箱に閉じ込められたのだ。そして、20年近くもそこから出されることなく成長していった。そしてある日、決して出られないその箱の中で、撃ち殺された……」
淡々と、決して興奮する様子もなく、彼は経を読むように言葉を発していた。だがその抑えた感情は、彼自身の中で昂り、今にも溢れそうになっているのが見てとれる。
しかしそれがなにを意味するのか、私にはわからない。
彼の発する言葉の意味も何一つ、私にはわからない。
私にわかる事象など、ここには一つとして存在しなかった。
「果たして……」
彼が三度、その狂気を含んだ目で私を見た。
私はその目にただ怯え、畏縮する。
「果たしてそんなことが可能なのか。20年も箱の中で人間を飼うことなど。……是非君に、それを教えてもらいたい」
それが最後だった。
彼の歪んだ笑みを最後に、私の視界に存在する唯一の光源は失われた。
20センチ四方の四角い光源が、その扉を閉められて。
私は、己の運命を呪うことすらできず、ただ暗闇に本能的に怯え、誰にも届くことのないのであろう泣き声をあげていた。
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