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パラドックス
【推理 推理小説】

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パラドックス-1

 「パラドックス、という言葉を知っているかい?」
 彼は、私の前を二三歩往復すると、不意に足を止めて言った。
 「まあ君に言ったところで分かるはずもないか」
 大仰な仕種をしながら話を続ける。私の返事を待つつもりはないらしい。
 「こんな話がある」
 どうやらそれが癖らしく、彼は話をしながら、再び私の前を行ったり来たりし始めた。
 「ある旅人が、ジャングルでライオンに襲われた。ライオンは当然旅人を食い殺すつもりだったが、必死に命乞いをする旅人を見て、こんなことを言い出したのだ。『いまからお前に一言なにかを喋る権利をやろう。そしてそれが正しければ、一思いに頭を砕いてやる。だがもしそれが間違っていたら、手足を食い契り、目を爪で抉り、臓物を食い荒らし、苦しみぬいた上で殺す』」
 私は彼がなんの話をしているのか理解できず、怪訝な心持ちでそれを聞いていた。
 「旅人は嘆いた。ああ、いずれにせよ私は殺されてしまう、とね。だがその旅人は、あることを言うことで助かることができたんだ。何て言ったと思う?」
 私に尋ねたようだが、私は特に返事をしない。だが男は機嫌を損ねる様子もなく、自らその回答を発表する。
 「旅人はこう言ったんだ。『私は、手足を契られ、目を抉られ、臓物を食い荒らされ、苦しみぬいて殺されるでしょう』……とね」
 相変わらずアクションを大袈裟に、彼はそう話をくくった。
 ふいに、雷鳴が私の耳まで届いた。私は視認することができないが、どうやら外はひどい雨に濡れているらしい。
 しばし沈黙が、私と彼の間を流れる。
 「さて」
 それを破り口を開いたのは、当然ながら彼のほうであった。
 「ここで、君に一つパラドックスの問題をだそう」
 唐突な話に、私はその意味を解することができない。
 構わず彼の話は続く。
 「遠くない未来の話だ。ある大富豪の邸で、成人女性の他殺体が発見された。死因は銃殺。しかしね、この死体はなんと完全にミイラ化していたのだ」
 止まることなく、彼の話は続く。
 「さらにこの死体には奇異な点があった。彼女は、金庫のような巨大な箱に入れられていたのだ。しかもこの箱、外に通じる扉が、僅か20センチ四方のものしかない。頭を入れるのがせいぜいの大きさだな」
 とり憑かれたように、彼の話は続く。
 「こんな扉では当然成人女性の死体など入れることはできない。だから当初は、ミイラ化させた後に箱に入れられたのだと考えられた。しかし、後に恐るべき事実が発覚した」
 もはや彼は私に話しているふうではなくなっていた。まるで自分自身に陶酔するように、彼の話は続く。
 「箱の内側に、その死体の指紋が見つかったのだ。人の死体は、死んでからしばらく経てば指紋はつかなくなる。つまり彼女は、少なくとも殺されてすぐか、まだ生きている段階で箱の中に入れられたのだ」
 雷鳴が轟いた。
 彼の横顔が一瞬の光によって陰影を浮き彫りにされるのを、私は見る。
 彼の話は続く。
 「パラドックスだよ。扉の大きさから、死体はミイラ化する前では入らない。しかし、ミイラ化する前に入ったとしか考えられない証拠がある。このパラドックスを解消する答えを、君は見つけられるかい?」


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