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パラドックス──ゲーム理論より──
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パラドックス──ゲーム理論より──-1

≫1

 昭和2X年07月31日

 T研究所には悪魔の様な男がいる、と鴻原殿から聞いていた。人の心理に付け込み、言葉巧みに真実を暴くという。鴻原殿が言う事には、それが今回の事件の鍵になるそうだ。名前を小路征夫、というらしい。

 本日も夏らしく、日差しが強かった。背にしている拘置所の壁からの照り返しで、ジリジリと身を焼かれる様な感覚。しかし、鴻原殿から直々に頼まれた事である。そのまま拘置所の前で待っていると、有刺鉄線の向こうに大型の鞄を提げた長身の影が見えた。研究を生業としているからだろうか、白衣を着ている。恐らく、彼が小路征夫なのだろう。正門まで駆け寄り、彼を施設内に招き入れた。
「初めまして、自分は似鳥正吾と申す者です」
「やあやあ、これはこれは出迎え痛み入る。君の話は伺っているよ、似鳥くん。被害者の鴻原早百合が君の婚約者であり、上司である鴻原満殿が彼女とは叔父と姪の関係に当たるという事まで──ね」
小路は、女性の様な容貌だった。長く伸ばした髪を高い位置で結い、白く細い矮躯に、中性的な顔立ち。悪魔には程遠い、整った造りをしている。もう少し身の丈が低ければ、女性と見紛う程であろう。
「一連の話を聞く限り、君はもっと冷酷になるべきだ」
ずい、と身を屈めて顔を近付けられる。真正面から見られる事に慣れず、思わず顔を背けてしまった。失礼だったろう、そろりと目だけで彼を顔を窺う。
「じ、自分は、私情で動くわけには……」
「君は、正直村の村八になるつもりかい。はっきり言おう、犠牲は美しく無い。同情を買いたいのなら、別の話だがね」
小路は更に顔を近付け、自分の耳元で囁いた。男にあるまじき、甘い香りがした。そして、自然に距離を取ると口元だけを歪めて笑う。
「さて、此処からは勝手にやらせてもらおう。鴻原殿には、一任されている事だからね」
「承知致しました」
「それにしても、随分と敬語が堪能じゃないか──茨城巡査」
馬鹿にしているのか、この男女。怒りを沈める為にも大きく息を吸ってから、ゆっくりと言葉を発する。鴻原殿が寄越したという事は、曲がりなりにも彼は優秀なのだ。そうだ、此処で自分が取り乱してはならない。取り乱す事は全てを失う事と同義だ、と教えて下さったのも鴻原殿だった。
「その大仰な荷物をお持ちしましょう、女の様な細腕が使えなくなってしまっては申し訳が立ちませんから」
「そうかい、ではよろしく頼むよ。君は随分と図体が大きいからね、頼りになりそうだ──腕力の面では」
精一杯の嫌みも通じず、しかも倍にされて鞄を手渡された。その上、謄写機でも持って来たのかと言いたくなる程に鞄は重く、取っ手が指に食い込む様だった。
「行きましょう、歩きながら説明致します」
「送られてきた資料は一通り読んだが、聞いておこうか」
一々、癇に障る話し方をする奴だ。小路征夫──確かに、悪魔の様な男なのかもしれない。


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