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パラドックス──ゲーム理論より──
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パラドックス──ゲーム理論より──-2

≫2

「今月十日未明、都内の鴻原邸で殺人と放火がありました。被害者は鴻原一家とその使用人の数人と確認され、鴻原一家は失血死。使用人達は火傷等による軽傷、だと聞いております。
被害者の一人である、鴻原早百合は自分の婚約者でした。その日、自分は火事の通報を受けて現場に向かっておりました。その時に、逃走中と思われる容疑者二人組に出くわした次第であります。一人は正犯格と思われる浜永栄一、一人は実行犯と思われる武島元昭。事件の犯人は、二人で構成されている模様です」
狭くも長い廊下を歩きながら、彼に事件の梗概を説明をする。
「何故、容疑者と断定出来た」
「自分が彼女に贈った指輪を、容疑者の一人である武島が持っておりました」
冷静に尋ねる小路を尻目に、武島から取り上げた指輪をポケットの中で握る。冷たく硬い感覚が手の中を支配し、同時に感情を操作されそうになった。たとえ紹介された間柄だとしても、自分は彼女を愛していた。
「成程。それでも、二人は口を割らないのか」
飽きる程に長い廊下をコツコツ、と二人の足音が響き渡る。
「はい、何とも」
白い壁が続く。階段を上っても上がっても、上がっても白い壁。壁が白ければ床も白く、床が白ければ天井も白い。四方が白かった。それは気を抜くと、果てしなく続く様な感覚に囚われる。
「それから、わたしの指示通りに容疑者二人は離しておいただろうね」
「ええ、伺っておりましたので」
白い壁。白く、白い壁。一ヶ月も閉じ込められれば狂ってしまうだろうと思われる程に、無機質な空間が続いている。これは仕事なのだと弁えなくては、吐き気さえする圧迫感。そして、漸く拘禁している部屋の階層までやって来た。
「ここが、容疑者を拘禁している階層です。一番奥で浜永、一番手前で武島を拘禁しています」
「宜しい。では、此処からは一人で行く。君は戻りなさい」
「そん、な」
いつの間にか、彼は鍵の束を握っていた。掏られたのか、慌ててベルトの金具を確認する。見ればベルトごと、ざっくり刃物で裂かれていた。留め金も、鍵側に付いているのだろう。何という無茶をする男なのだろうか。いや、自分の油断を棚に上げただけに過ぎないのかもしれないが。彼を睨みつければ、全く関係無いとでも言う様に話を進める。
「小さな施設の地図くらいは、頭の中に入っている」
とんとん、と頭を人差し指で軽く突いて見せた。とにかく油断も隙も無いが、鴻原殿が後ろにいるのだ。恐らく、悪用はしないだろう。
「それから、荷物を返してくれ」
「しかし」
用心に越した事は無い、付き添わせて頂きたい──という台詞を遮られてしまった。
「大丈夫だ、逃がさず吐かせるさ。所詮、この中に牢の鍵まではないのだろう」
わざとらしく鍵をチャラチャラ鳴らしながら、彼は何が可笑しいのか笑っていた。
「そう疑うな、わたしもこの命ばかりは惜しい。死ぬという事は、全ての可能性が零になる事だからね」
「では、何がありましたら執務室に来て頂けますか」
「解った、一階の中央棟奥だな」
成程、記憶力は良いらしい。不安だが、ここは信じるしかない。自分は、渋々自由行動を認めた。


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