忘れ者の森-1
雷光よりも優しく、人工灯よりも暖かい。そんな光に体ごと吸い込まれる感覚が、全身を駆け抜ける。
その光に飲み込まれた瞬間、僕は肩を大きく揺らして目を覚ました。
「……ん、……」
輪郭が薄れ、いまいちピントの合わない視界に瞼を擦って辺りを見渡す。
先程感じたあの光はなんだったのだろうか。
電車の座席に腰掛けながら窓を覗くと、既に過ぎ行く景色に、小山に通る古めかしい石積みのトンネルが見える。きっとトンネルから出た為、瞬間的に視界が急に明るくなった感覚なのだろうと見当をつけた。
そこで、ふと疑問にぶつかる。
―――僕は何故電車に乗っているのだろうか。
昨日は久々に終電間際に仕事を終わらせ、明日は彼女との約束があるからと、着替えをする余力もなく布団に潜り込んだ所までは記憶しているけれど―――
「……夢?」
誰にともなく呟いた声は、電車の走行音にかき消され空中に霧散した。
混乱する頭に反して僕を乗せた電車は、緑鮮やかな田園風景を淡々とひた進んでいた。
目に鮮やかなスカイブルーの空。その空を旅する、綿菓子のような雲。まん丸の太陽は、田畑の隅に生えた雑草に残る朝露さえも、眩いばかりに反射させていた。
時折、かやぶき屋根の民家も見えるが、それも点々としたものでここら一帯の住人の少なさが窺える。
線路も単線で、一両しかない小さな車両だ。天井も低い為、心なしか窮屈さもある。
今座っている座席も、擦れて布が薄くなり中の木目が覗いているし。元は白かったであろう天井も、今はあちこちに褐色の染みが滲んでいる。
眼前に広がるのは、まるで前にテレビで見た数十年前にタイムスリップしたような光景だ。
いまいち把握出来ない状況に思わず頭を掻くと、額にじんわりと汗が滲んでいるのに気が付く。そういえば、此処は暑い。
普段通勤に使う電車は、逆に凍えてしまうくらい空調が効いているといのに。此処では時折、天井に備え付けられた扇風機がささやかな風を湿った額に届けるくらいだ。
電車の窓を開けること自体が久々だと思いながら、錆びて重たい窓を押し上げる。
少しだけ生まれた数センチ程の隙間から、心地よい風が流れ込み、汗で額に貼り付いた髪を攫っていく。
いくら線路を進めど、広がるのは併走するように連なる大小の山々と田畑のみで、青々しい稲が初夏の風に揺れていた。時折耳に届く蛙の声が清涼感を煽る。
ガタン ガタン
静かとは言えない走行音。ずっと座っていると尻が痛くなるのではないかと心配になる程固い椅子に、揺れる車内。
決して快適な走行ではないのに、それすらも心地良く感じて瞼がまたゆっくりと、眠りの淵へ誘われていく。