忘れ者の森-3
「僕が知りたいよ」
呟きながら、空のセロファンと余った飴をポケットに入れると、何かクシャリとした感触が手を掠めた。
覚えのないソレを取り出すなり、少年が声を上げる。
「なんだ切符持ってるじゃん」
確かに僕の右ポケットから出てきたのは切符のような紙切れだった。普段使っている電子タイプではない、六センチ程の長方形の切符。
けれど、こんなものに見覚えはないし、いつの間にかポケットに入っていたとしか言いようがない。
僕は改めて何の変哲もない切符を眺めた。
乗った場所も、運賃も載っていない。ただ掠れた印字で『行き先』と記された文字を読む。
「……“忘れ者の森”?」
自らの唇から紡がれた行き先、それは初めて耳にする言葉だった。地名か、それとも森とは森林公園のようなものなのか。
「君は知ってる?」
今の所、唯一ヒントをくれそうな少年に声を掛ける。少年は少しだけ思慮した後、その口を開いた。
「知ってるよ」
「どこ?」
「教えない」
それきり少年は交わらせた視線を逸らし、爪先が床にスレスレの足を浮遊させ、揺らし始める。
本当に教える気がないようだ、そう判断した僕は改めて現状を見直した。
目を覚ますと乗っていた電車。
知らない景色。
聞いたことのない駅名への切符。
まるで不思議の世界に迷いこんだようだ。
以前読んだ本の内容も、似たような話があった。ある日突然、不思議な街にトリップした主人公。あれは確か主人公が夢を見ていたという締めで終わった筈だ。
試しに頬を抓ってみるけれど、じんじんとした痛みが皮膚に残るだけで、何の変化もない。
溜め息をつきながら、此処のところ残業続きだったから、疲れているのだと自分を無理矢理納得させて、とりあえずは不思議の世界の住人である隣りに座る少年に興味を移す。
「いくつ?」
「八つ」
軽い気持ちで問うた筈なのに、僕は少年の答えに少なからずの戸惑いを覚えた。
少し成長の遅い小柄な少年だと言えば納得出来る話だろうけれど、そうはいかなかったのは、改めて隣に座る少年を見下ろしたからだ。
半袖からひょろりと伸びる腕は、そこら辺の木の枝よりもよっぽど細く。空気を蹴っている足だって、力を込めれば折れてしまいそうな程弱々しい。栄養失調、そんな言葉が頭をよぎる。
顔色だってそうだ。今の時期、小麦色どころか真っ黒になっても可笑しくない年代なのに、日に焼けていない以前にどこか青白く、不健康な姿。
思わず全身を凝視していると、Tシャツの袖から火傷の跡が覗いた気がして、僕は息を飲んだ。
それは、二の腕辺りの火傷の跡が未だ痛々しいものに見えたからなのか、何故だか旧知の感覚を覚えたからなのかは分からない。
少年は僕の視線に気が付いたのか、小さな手が火傷の跡を覆って隠してしまった。