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沖縄の海は赤かった
【ミステリー その他小説】

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沖縄の海は赤かった-3

 野田氏の亡くなる日、最後の日の携帯電話発信先がわかった。香港のゲイン証券である。ここにはエス・エス証券や台湾の銀行が出資している。台湾の銀行は国民党と繋がり、ゲイン証券は北朝鮮とのコネクションも有している。そしてゲイン証券はライブヒルズ社の上位株主であると同時に、アイ・シー・イーというマザーズ上場企業の大株主でもあった。いまは上場廃止になったマル暴銘柄である。アイ・シー・イーの役員に君臨していたそのいわく付きの人物は、京都の指定暴力団・会津小松会の関係者だった。会津小松は京都の町金を取り仕切ることで有名だ。俺はふと思った。ライブヒルズの副社長、熊野は旧三田銀行系列の証券会社に籍を置いていた。三田銀行といえば関西地盤でリテール業務に強く、京都の町金とも接点がある。熊野が何かを知っているのではないか?

「クミちゃん、俺、これから京都行ってみるよ」
「え、京都ですか? 何かわかったんですか?」
「わかったのは闇が深いってことだけさ」
「野田さん、沖縄に死にに来たようなもんですよね」
「なぜ沖縄なんだ? ライブヒルズの堀井も沖縄で野田氏と会って密談してたらいい。なぜ東京で会わない? しかも野田氏はその時も偽名を使ってたそうだ」
「沖縄開発事業に繋がる。そう言いたいんですね?」
「サイバーファクトリーなんだけど、大手広告会社の影もちらつくんだ。その広告会社の合弁会社と提携してるんだよ。沖縄県知事もその広告会社の後押しを受けて当選してるし。何か大きな得たいの知れない連合体があって、それに逆らう者はみんな潰されていく、なんだかそんな社会になってきた気がするな」
「前に福本さん、沖縄は利権の島だって言ったじゃないですか?」
「まだ気にしてたの? 俺が思ってるんじゃなくて、そう思ってるヤツがいるってことで。泡盛利権、牛肉利権」
「泡盛は特産品だからわかる気もするけど、どうして牛肉なんですか?」
「クミちゃん、気がつかなかった? 東京の牛肉高いだろ? 沖縄はアメリカ統治時代が長かったから牛肉の値段が安く据え置かれて、本土復帰後もまだ価格差が残ってるんだよ」
「そこに助成金がばらまかれてるってことですね?」

 沖縄を去る前日、俺はクミに誘われて那覇に近い宜野湾市のトロピカルビーチにレンタカーを走らせた。陽はすでに地平線に近づいている。太陽まで続く道のように、波の上に一筋の光の帯ができている。
「クミちゃんはウチナンチュだったよな」
 クミが黙ってうなずく。
「戦前は博徒や的屋とは縁のない平和な島だったらしいね。それが基地ができたおかげで武器が調達しやすいってことで、暴力団の武装化に拍車がかかったんだよね。90年の抗争では高校生まで巻き添えで亡くなってるんだよ」
「父から聞きました。……ねえ、福本さん、今度は休暇で来てくださいよ。案内しますから」
「うん、そうしようかな」
 俺はクミの方を見た。俺が事件の話ばかりしていたせいかずっと険しかったクミの表情に、少し穏やかさが戻っていた。落日の空のグラデーションやビーチに鳴り響く波の音が、クミの心を和ませたのかもしれない。
「あ、そう言えば皆既日食、ここで見れるの?」
「そうそう、今年の夏ですよ」
 クミの顔がパッと輝いた。
「クミちゃんって、そういう笑い方する子だったんだよな。いま思い出したよ」
「あたし、そんなに暗かったですか?」
 風が一段と強くなった。ついさっきまで赤い色が滲んでいた遙かな海を、漆黒の闇が呑み込んだ。


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