沖縄の海は赤かった-2
そこで空港カメラに写っていたという、野田氏を出迎えた人物とは誰なのか? テレビ報道によると、那覇空港で出迎えたのは4人だという。そのうちの一人は半沢と考えるのが妥当だろう。エアーシャークの社長なら、空港のプライベートルームからの出入りも容易だからだ。
ところでサイバーファクトリーだが、東証マザーズに上場したばかりのリキッドサウンド・ジャパンという会社に出資している。この会社、形の上ではアメリカのリキッドサウンド社の子会社なのだが、当の親会社は7%ほどしか株を持っておらず、筆頭株主は暴力団のビル不法占拠に関わっていたというスーパーステイという会社だ。要するにリキッドサウンド・ジャパンは親会社に名を借りた不透明な会社で、この実態のわからない会社の株価が一時、上場時の4倍に跳ね上がった。なぜか。株価を吊り上げて市場利益を貪るためだ。それに加担したのが沖縄開発を標榜したサイバー社であり、同社を優遇した政治家であり、その利権に与る暴力団だったのだ。沖縄開発事業には政治、民間、裏社会の癒着構造が透けて見える。
かかる折、野田氏は検察の事情聴取を受けてしまった。しかし検察は、野田氏を出頭させるつもりはなかったという。野田氏死亡後の検察関係者の証言である。検察にとっては、野田氏聴取はあくまでもライブヒルズ事件の証取法違反容疑の傍証を得るためだったのだ。ところが沖縄開発事業に関わる闇の勢力は、野田氏から芋づる式にその実態が白日の下に晒されることを恐れた。
現場から戻った夜、俺はクミを晩飯に誘った。
「福本さん、どうでした?」
「まあ予想通りかな。問題は殺し方だ。自殺に見せかけるなら絞殺、転落死、溺死、いろいろある。なぜ複数の場所を斬りつける方法を選んだのか? あのカプセルホテルの場所、例の暴力団の息のかかった場所なのはライブヒルズの役員だって知ってる。本命はライブの宮田取締役だったろう、内情をいちばん知ってるから。だが宮田のまわりには、もう検察が張り付いてて手が出せない」
「じゃ、野田さんは代わりに殺されたと」
「警告だ、脅しだよ。よけいなことしゃべるなよってな。わざわざ沖縄の暴力団が邪魔者を消すときの手口で」
「自殺認定前に殺害現場の状況が事細かにニュースに流れてましたよね」
「沖縄県警が必要以上の情報をわざとメディアに流させたんだよ。殺害の手口まで。その後はマスコミは用済みなのでスルーだ。それ以上情報を出すと、今度は不可解な死に対して再捜査を求める声が出かねない。それから沖縄県警は那覇警察に空港ビデオの管理を命じた。そこに必ず沖縄開発のキーパーソンたちが映っているはずなんだが」
「沖縄県警が隠蔽にもろに関わってる、というか、暴力団に協力してたってことですか?」
驚くクミに俺は小さく頷いて話を続けた。
「野田氏がホテルまでタクシーを利用したって件も、俺は引っかかってるんだ。4人で出迎えてタクシーって変だろ? タクシーってのは野田氏の遺品から領収書が出てきたっていう警察証言からテレビが報道し、その後それを否定するニュースがまたテレビで流れたんだが。普通考えたら出迎えを受けた人間が料金払うか? 出迎えた方が払うだろ? もし領収書がほんとうにあったなら、野田氏はタクシー代をその後精算する気でいたことになる。これから死ぬ人間がか?」
「タクシーなら出迎えはなかった。野田さんも死ぬ気がないから領収書を受け取った。それならわかるわ」
「あるいはだ。そもそもタクシーには乗ってなかった。野田氏が一人で行動していたことを証明するために、警察が領収書の存在をでっち上げた。その後空港カメラに4人が映っていたことがばれて、辻褄合わせのために否定するニュースを流させた」
俺はダイナス社のことが気になり始めた。ダイナス社の社長は覚醒剤所持で逮捕されたことがあり、山岸組のブラックマネーが流れているという。ハイテク暴力団の資金で株価操縦をして利益を得ようという、その箱がダイナス社だった。その箱をライブヒルズは200億で買い取った。地検捜査当局が動き始めたのはこの頃からといわれている。堀井一人の裁量ではないだろう。誰かが堀井たちを動かし、金をばらまかせて、利益を吸い上げている。それは誰なんだ?
それにしても野田氏はいろいろなことに関わりすぎた。というか、関わらざるを得なくなった。エス・エス証券から航空会社、沖縄開発事業、暴力団。
半沢は野田氏をわざわざ沖縄に呼びつけたのではないか? 「お前、よけいなこと喋ってないよな?」。野田氏はその疑念を払拭し、忠誠を誓うために沖縄まで出向いた。だが半沢たちは、初めから野田氏を消す気だった。
ちなみに野田氏が沖縄に向かったのは朝。都内でタクシーを利用したが、そのチケットは偽名だった。そうまでしても沖縄まで出向き、釈明しなければならない事情があった。野田氏は事件当日、九州への出張予定があったのだ。それをキャンセルして沖縄に向かった。朝まで深酒をしていたそうだから、その前夜、沖縄行きを決意したのではないか? 寝過ごすことを恐れ、朝まで酒で時間を潰した。