恋人に捧げる舞子の物語(驟雨編)(その1)-2
恋人のいないその部屋から、息苦しいほどの驟雨に包まれた風景を眺めるとき、あなたは一糸纏
わない自分の体を、部屋にあるあの大きな鏡に映してみたいと思うことがある。
もう恋人に剥ぎ取られることのない艶やかなシルクの下着を、あなたは床に脱ぎ落とす。
三十五歳のあなたの裸には、若い頃の瑞々しさがいつの間にか影を潜め、蕩けるような熟れた女
が滲み出している。ほどよい柔らかな弛みを持ち、男の欲情をそそる淡い情感を湛えたあなたの
白い乳房…その肌の潤みをあなたは自分の掌で確かめるように包み込む。
しっとりとした乳房の膨らみの先端で、乳首だけが厭らしいほどそそり立つ。薄桃色の乳首を指
でなぞるほどに、その蕾ははち切れんばかりに丸みを帯び堅くなってくる。
そしてあなたは、白い腿の付け根の噎せるような繊毛の奥に指を這わせる。恋人の指ではなく、
あの夜出会ったあの男の指を思い起こし、あなたは性器の奥にゆっくりと卑猥に指を蠢かせる。
体中に、どこかうっとりとした淫らな潤みだけが広がるようだった。
不倫だった…
恋人とのまだ淡々しかった恋…あのころ、朝の光の中で彼の体臭が滲みたベッドのシーツを、
あなたはきっと眩しく思っていたに違いない。
恋人は愛しさに溢れるようにあなたの唇を求め、抱き寄せる。あなたは強く抱かれることをいつ
も望んでいた。ふたりの裸の下腹部が擦れるように貪り合い、脚を絡ませ、尽き果てた日々…。
あなたはその恋人に妻がいてもよかった。恋人の引き締まった小麦色の裸の中に漂う、どこか気
だるく甘い肌の温もりと、あなたの中を擽る欺瞞に充ちた愛の言葉だけを求めて、あなたは恋人
に抱かれ続けていたのだ…。
でも、突然そのときはやってくる…。
あなたを抱く恋人の何かが微妙に変化したことを、あなたは見逃さなかった。
肌を愛撫する彼の舌の動き…そして彼の首筋から微かに匂った香水…恋人は、あなたの知らない
ところで妻を抱いている…その体で、彼は無神経にあなたを抱いている…そう思ったときから、
恋人に対する潤んだあなたの心の襞が少しずつ捻れ始めたのだった。
恋人の薄い唇と無駄な肉のない体、そして堅く反り返るペ○ス…あなたの体の中のどこかが、彼
の体に対して違和感さえ抱くようになる。
あなたはあの人を愛していた…いや、あなたは彼を愛していたのではなく、愛している自分自身
の姿に溺れていたのかもしれない。
あの頃、あなたは…あなた自身の体と心が、恋人の肌に醒めていくことに脅えていたのだ…。
あの日の夜だった…
淡い灯りの中で、バラードを奏でるサックスの音が背後のスピーカーから静かに流れていた。
バーの狭いカウンターで、あなたはいつものように一人でグラスを傾ける。目の前の広いガラス
窓から、まるで砕いた宝石を散りばめたような街の猥雑な輝きが広がっていた。それはどこまで
も息苦しいほどの寂しさに充ちた冷たい光芒をあなたの中に澱ませていた。
恋人との愛執の日々の残骸が、まだ海藻のようにあなたの心に絡んでいた…。