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缶コーヒー
【青春 恋愛小説】

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缶コーヒー-1



「あのさぁ、俺のベッドの上でリンゴ食うなよ。しかも丸のまま。」
「いいじゃん。丸のまま食べた方がなんか食べてるって感じがするんだもん。」
「だから、丸のままはいいとしてベッドの上で食うな。汁がついたらしみになるだろう。」
「いいじゃん、どうせ元から汚いんだし。」
「あのなぁ、美紀。いつまでここにいるんだよ。つーか、ここ何週間か毎日うち来てるだろう。いいかげん大学行けよ。」
「へっ!?」
拓ちゃんの口からそんな言葉が出るとは思ってもみなかったので私は思わず素っ頓狂な声を出してしまった。
「なに、驚いてんだよ。当たり前のこと言っただけだろう。」
「だって。拓ちゃんが言うこと?学校行きたくない気持ちは拓ちゃんが一番わかってくれてると思ってたのに・・・。」
「俺が行きたくなかったのは高校だ。お前行きたくて大学受けたんだろう?それに俺はもう学校に行きたくなかったからこうしてフリーターやってんだ。俺は前進したの。」
「フリーターが前進なわけ?」
「高い学費、親に出してもらって、自分ではバイトの一つもしねぇーでこうやって毎日うち来て、ゴロゴロしてるお前より俺はよっぽど大人だ。もう十月だからお前の学校木多いし、紅葉しててきれいなんじゃねーの?いい季節だし外に出ろ。」
「だって。行きたくないんだもん。遠いし。」
「遠いってなぁ。お前、遠いことは遠いけどお前の言ってる大学は誰でも入れる大学じゃねぇーんだよ。わかってんのかよ。毎年何人もの受験生がお前の大学、受験して落ちて悔しい思いしてんだよ。超一流大学入っといて文句言うな。行きたくても行けねぇーやつが山ほどいんの。」
「わかってるけどさ。わかってるけど・・・。行きたくないものは行きたくないんだもん。」
拓ちゃんがポツリと言った。
「行きたかったんじゃねぇーの、大学。はりきってたじゃん」
そこで二人とも沈黙してしまった。

 私は川原美紀。十八歳。T大の一年生だ。最近、もっぱら幼なじみで隣りの家に住んでいる宮田拓也の家に入り浸っている。私達は、いわゆる高級住宅地と呼ばれる地域に育ったお嬢さんとお坊ちゃまだ。
拓ちゃんのパパはどこかの会社の社長さんらしい。その辺はあまり詳しく聞いたことがないからわからないけど。
 私はというと、小さいときに父親を亡くし、最近までずっと母と私の二人で暮らしていた。最初は父方の祖父母も一緒に暮らしていたんだけどおじいちゃんは私が小五の時に、おばあちゃんは私が中三の時に亡くなった。どういう風になっていたのかは知らないけど私達親子はずっとこの家に暮らすことが出来た。母は特にお金に困っている様子もなかったけれど祖母が他界してから、なにやら仕事を始めた。で、私はお隣りの宮田さんの家でお世話になることが増えてきたのだ。もう中三だったのだから何だって一人で出来たはずなんだけど、拓ちゃんのママは私が一人ぼっちになってはかわいそうと事あるごとに夕飯に招待してくれた。最近じゃ拓ちゃん家の合鍵まで持ってるから出入りは自由だ。

 私が大学に合格した次の日家ではちょっとした事件が起こった。その日の晩御飯は珍しく母が作って用意してくれていた。私はてっきり合格のお祝いだと思った。
照れくさそうに母が話し出した。
「ママね。家族が出来るの。」
「はっ!?」
「再婚しようと思うのよ。小林剛史さんって言うの。向こうの方も二度目の結婚でね、中二の女の子と高三の男の子がいるのよ。」
「なにそれ?引っ越すの?」
「うん。ママはね。四月に引っ越すわ。美紀ちゃんもう大学生だから大丈夫よね。」
「大丈夫って何が?」
「一人でここに暮らせるわよね。だって桃子ちゃんは、まだ中二じゃない。難しい年頃だし受験もあるし。知らない人が家に二人も増えたらかわいそうじゃない。女の子だしね。でも母親は必要だと思うのよ。」
「はっ!?知らないよ。誰、桃子って。」
「だから、剛史さんの娘さんよ。息子の良太君もいるわ。」
「いや、それはまぁわかるけど・・・。私は?」
「美紀ちゃん・・・だって嫌でしょ。知らないお家に行くの。ママは剛史さんを愛してるから大丈夫だけど。」
「で、私にどうしろと・・・?」
「だから美紀ちゃんはここで一人暮らしよ。大学生なのに一軒家に一人暮らしってなかなかいないわよ。かっこいいじゃない。」

 母がいくらワガママで自己中だからってここまでひどいとは思ってもみなかった。


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