かつて「茅野ちゃん」かく語りき-11
「あのコの幸せそうな顔を見るのはとっても嬉しい。だケド、クミコが話す度に、『タキタはそんなんシてくれないな』トカ思っちゃうンだ。自分をタナに上げてるのはわかってる。でも、そんな風にカンガえちゃう自分がイヤだ……」
最後は嗚咽まじりで、なんとか聞き取れるくらいだった。
なーんだ。やっぱり僕が原因だったのか。
……そりゃあ、ジュンは言いだしづらかったろうな。最近の僕は研究の虫だったし。
かわいそうに。
だんまりの僕に気まずくなったのか、ジュンは小さく「ごめん」と謝った。
そっと抱きしめてから、ジュンのつむじにあごをのっける。じんわりと彼女の体温が伝わってきて心地よい。
「そゆときは、『ウチのダンナは何にもしてくれないんですのよ!』って、ぶーたれるもんじゃないんですか?」
「……フーフじゃないだろ」
「似たようなもんでしょうが」
いつもはさらさらの長い黒髪が、今夜はしっとりと波打っている。
その感触を楽しんでいると、ジュンがずびっと洟をかんだ。
「…………タキタは、甘いモノとか作ってくんないのか?」
涙に濡れたまつげがぱちりとまばたいた。
もう、大丈夫。
「僕の料理の腕はご存知でしょう」
にこりと笑顔を見せると、ジュンもにかっと歯を見せた。
「オマエは食べる専門だもんな!」
「……そのとおりです」
料理ができないオトコ=滝田学。
なんだか不服な結果になってしまったけど、ジュンが笑っているならいいや。
僕の手の中に、笑顔の彼女がいる。
僕にとっては、それが幸せだ。
「あ」
ジュンはするりと抜け出して、立ち上がった。
……逃げられてしまったなぁ。
「あったぞ、クミコに対抗するエピソードが」
彼女を見上げると、蛍光灯の後光が射している。
ジュンの言わんとすることがわかった僕は、にんまりした。
「「親子丼!!」」
僕の思うとおりにならないあなただけれど。
だから、やめられないんですよね。
茅野さんには悪いけど、まだまだノロケさせてもらいますよ。