はるか、風、遠く-8
「おはようっ」
翌朝。あたしは力一杯扉を開け、叫ぶように教室へ挨拶をばらまいた。クラスメートがいつもと変わらぬ挨拶を返してくれる。
「おはよう、辿」
ひとつに纏めた髪をバレッタで止めた少女が駆け寄ってくる。
「おはよう、蓬」
笑顔で親友に挨拶を贈る。胸が痛まないと言ったら嘘になる。
だけど。
昨日誓ったのだから。もうこのことでは泣かないと。
「ねぇ、昨日お昼休み遙くんのブレザー着てたでしょう」
「え?うん」
あたしは荷物を自分の机に置きながら答える。おそらくそのことはクラス中が知っているだろう。
遙一人がワイシャツだったし、あたし一人自分に合わない大きさのブレザーを着ていたから。
「私達のことからかってたくせに辿達だっていい感じじゃないの」
「えっ?そんなんじゃ…」
「またまたぁ」
蓬は大人びた笑顔を浮かべながらあたしを軽くこづいた。
「付き合ったらすぐに教えてね、そしたらWデートしよう」
そんな笑顔で誘われても、あたしは困るだけだよ蓬…。そう思いながら曖昧な笑顔で対応する。
丁度その時。教室の扉が開き一人の青年が入ってきた。
「おはよう、古酉(ふるとり)くん」
「おはよう」
爽やかな風のように教室へ足を伸ばす彼。蓬はそんな彼を目に留め、あっ、と思いついたように口にした。
「遙くんにもそう伝えなくっちゃ」
その言葉にハッとする。
「ま、待って」
慌てて蓬の腕を握った。
遙が傷つく。そんなこと好きな人に言われたら、心が裂かれるように痛むに決まっている。
「恥ずかしいからいいよ、ね、蓬」
ええー?と少し不服そうな表情を浮かべたけれど、蓬は
「わかったよ」
と笑ってくれた。ほっとした。
遙があたしを支えてくれたから、あたしも遙を支えるんだ。あたし達は同士だから。同じ想いを抱いているから――…
「ありがと。じゃあね」
あたしは蓬の額をぺち、と叩いて自分の席を離れた。行くところなんて決まっている。だってあたしの居場所はそこしかないのだから。
「遙、おはよっ」
先程教室に入ってきた彼の元へ向かった。遙の瞳はあたしを捕えて優しく光を放つ。
「おはよう、辿」
そうしてあたしたちの一日は始まる。長く、切ない一日が。