はるか、風、遠く-19
「違うよ」
安堵していた心にさざ波が立った。
「俺達はそんな関係じゃない。ね、辿」
ずき…ん
「う、うん」
同意を求められ、あたしは慌てて笑顔で頷く。
だけど、遙が告げた瞬間、あたしのどこかが疼いた。鋭く、短く、耐えられないほどに。
一体どうして?自分に問うけれど、答えは出てこない。ただ何かがモヤモヤとわだかまっている。
「辿、お好み焼き行くんでしょ。俺もうお腹ぺこぺこだよ」
遙の声。落ち着いた、優しい響き。だけどその声さえもこのモヤモヤを消すことはできなかった。
「うん、今行く」
表情だけ明るさを浮かべてあたしは笑う。そして荷物をとり、扉付近にいる遙の元へ向かおうとした。
「俺も…行っていいか」
「え?」
蓮を振り返る。
「付き合ってないなら、別に俺が行ったっていいよな?」
挑むような口調。こんな蓮は今まで見たことがなく、あたしは戸惑う。
「え、あ、うん……いいけど…」
「じゃあ早く行こうぜ」
ぐいっと腕を握られ、引っ張られるあたし。もたつきながらなんとか転ばず歩く。
「え?ちょ、蓮?わわっ」
呆気にとられている教室のみんなを残して、あたし達は夜の帳が下り始めている外へと歩きだした。
「ん!美味しいね、ここのお好み焼き」
あたしの斜め前には幸せそうにお好み焼きを頬張る蓬。来る途中にあたしが電話をして呼んだ。
隣の遙はお好み焼きを引っ繰り返すのに夢中。
そして正面には、いかにも機嫌の悪そうな蓮。あたしは困ってしまい、ただ鉄板の上でふにょふにょ踊る鰹節を見つめているしかない。
「そんなに面白いか?鰹節」
おでこの方から声がかかった。そんな訳ないでしょ、と顔を上げて蓮を見る。
「蓮が仏頂面だから仕方なく見てるの。機嫌、悪い?あたしのせい?」
そう尋ねると蓮の表情がフッと緩んだ。
「違う、そうじゃない。ただ俺は、もっと……」
「あっ、やだ!遙くん下手っぴ!」
蓬の声が会話を途切れさせた。ふと遙の方を見る。するとそこには、どう見てもお好み焼きとは言い難い形をした物体が横たわっているじゃあないの!
「やだ、何したの?これ、何よー」
眉をひそめて不平を言ってみる。ごめんごめんと苦笑いする遙が可笑しくって、すぐにあたしの表情は笑顔になった。
「よし、じゃああたしに任せろっ」
告げると遙が固まった。
「え、辿に…?」
「大丈夫なの?」
蓬まで真剣に心配そうだ。
「もう、二人とも、あたしの器用さを知らなすぎ!」
キャッキャと騒いでいるあたし達の横で、また蓮は堅い表情に戻っていた。お店を出るまで、彼はずっとそのままだった。
「あーお腹いっぱい!」
夜空に向かって叫ぶあたし。今宵の空は白く霞んでいて星一つ見えない。
「明日は雨かな?」
隣を歩く遙に聞いてみる。
「うん、かもね」
二人して空を見上げていると、なんだかこの世にはあたしの遙二人だけの気がしてくる。
でも、それでもいいかもしれない。遙さえ傍にいてくれたら。遙さえあたしを包んでくれていたら。
それだけであたしはきっと――…