魔性の仔C-6
夜。中尊寺の別宅に帰りついた刈谷は、客間のベッドを彼女の自室に運び込んだ。
中尊寺による提言からだ。
あの日以来、刈谷を拒み続ける真弥を中尊寺が引き取ると云ってくれたのだ。
もちろん、刈谷にとっては嬉しい話だ。が、中尊寺の負担が増えることを考えると、彼女の意見を素直に受け入れ難かった。
そのことを刈谷が問いかけると、
「昼間も云ったでしょう。今やこの子は、私にとって家族みたいなものなの。
それにね、執筆中は大人しいのよ」
中尊寺の嬉しい申し出。もちろん、刈谷にすれば異論は無い。
かくして、真弥が使っていたベッドを中尊寺の部屋へ運び込んだわけだ。
入浴を終えた刈谷は、客間に戻ると濡れた髪をタオルで拭い、ベッドに腰掛ける。
──一刻も早く村の事は忘れろ。
壁の1点を見つめて昨日の出来事を回想する。
数百年に渡って外界との関わりを遮断し、純血を保ってきた部族。
普通に考えれば、あり得ない話だ。が、──犬─のように、近親交配を避けつつ犬種を保てる方法もある
これをそのまま人間に当てはめることは不可能だが、あの馬遥遷という老人の言葉からすると、繋がる何かがあるかも知れない。
──奴らは何かを隠している。それが真弥の反応と重なっているんだ。
刈谷の中に決意が生まれた。それはジャーナリストとしてでない、ただ、真弥を助けたい思いからだ。
その時だ。客間のドアを叩く音がした。
「…刈谷さん」
中尊寺の声。刈谷は慌ててドアを開けた。
「どうかされましたか?」
「あの…真弥ちゃんのことで…」
「ああ、でしたら中へ。私もちょうど伺おうと思ってたんですよ」
「その…部屋の中は…」
中尊寺はたじろいだ。雰囲気の変化に気づいた刈谷はベッドから立ち上がる。
「すいません、配慮が足りなくて。ではどちらで?」
「ダイニングに行きましょう」
中尊寺に促されるまま、2人はダイニング・テーブルで対面した。
「あの子の…真弥ちゃんが健忘症となった原因を判明出来なかった今、これからどうなさるつもり?」
辛い問いかけ。刈谷は彼女の目から視線を逸らす。──思いを云うべきか思案する。
「あの子が居てくれるのは嬉しいのよ。でも、このままで良いわけじゃないわよね。
あの子がああなった原因が──村─に有るのなら、もう1度探りに行くべきでしょう」
中尊寺の思いを聞いた刈谷は驚いた。彼女なりの終焉──別れ─を考えていたのだ。
刈谷は中尊寺を見つめた。──決意ある瞳で。
「明日、もう1度あの村に行って来ます。昨日は表面だけでしたから、今度はもっと深部まで…」
刈谷を見つめる中尊寺の顔は、優しく微笑んでいる。