青かった日々-2
「急がなくていいの?遅刻するよ」
「構わねえよ」
夏美がこの時間にいるのは大概が寝過ごした時だということを、悟史は小中高と過ごした時間の中で知っている。
家は近所なのだが、いつも遅刻ギリギリの登校をしている悟史と違い、夏美は朝早くから学校へと向かう。
悟史はとてもじゃないが理解出来ないし、したくもなかった。
夏美は時間を確認すると悟史の横に並ぶ。このまま行けば間に合うと踏んだのだろう。少しばかり早足で悟史を急かそうとはしているが、それに彼が乗るわけも無い。
二人で並びながら、他愛もない話を繰り返す。
それは昨日のドラマを見たかという内容に始まり、夏美の部活についての話や、クラスの誰がかっこいいや可愛いなど、見事なまでにどうでもいい会話だった。
だが、そんな中でも悟史が今頭を悩ませていることに関しては話題を振りはしない。悟史はそこに感謝をしながら適当に相槌を打った。
両乃辺(りょうのべ)。
それが悟史の住んでいる町である。
数年前に再開発された都市部までは電車で一時間もかからない。
海と山に囲まれた「片田舎」と呼ぶのがふさわしいだろう。
その地形故に開発の手が届かず、発展を遂げている近隣の地域からは置いてきぼりをくらっている。
悟史達の通う学校は、桜並木のある道の突き当たりにある。学校の裏は山になっており、この町においてはもっとも町外れに位置している。
校舎が見え始める頃には、もう生徒以外に歩く影は見当たらない。そして、生徒たちはもはや歩くというよりは競歩と呼んでも差し支えないスピードを出している。
そこまで早く歩くなら逆に走った方が早いんじゃないかと、後ろから自分達を追い抜いていく奴等に、悟史は脳内で語りかける。
もちろん、口には出していないので誰もその歩みを緩めることは無かったが。
「今日の一限ってなんだっけ」
「数学だよ。確か」
校門に立つ生徒指導に軽く頭を下げながら悟史は夏美に問いかける。そしてその答えは考えごとをするには最も適した内容であることに少しばかり心が軽くなった。
適当にノートに数式を書いて悩んでいる振りでもしていれば、それほど注意されることはないだろうとも踏んでいた。
とにもかくにも、今抱えている問題を解決しないことには楽しくもないが、つまらなくもない学校生活を送ることも出来ない。
夏美は実はその問題について聞きたかったのだが、あまりにも朝に見た悟史の魂が抜けたような面を見て気が削がれていた。
だが、今日が過ぎればまたいつも通り。まぁ普段から無気力感は漂っているが、それでもこんな状態にはならないだろう。
ここ最近の悟史の態度に微妙に肩透かしのようなものを感じていた夏美にとっては、はやく今日が過ぎればなあと考えていた。