光の風 〈占者篇〉-8
何故そんな事をと、ハワードの声が聞こえてくるようだ。余裕など一気になくなり、逃げ出したい気持ちから反射的に身体を離してしまう。しかしハワードの手は彼女を掴み、それを許さなかった。光の泡となった彼女にも感覚がある、形がある。ナルを掴めた事に二人とも驚き動きを止めた。改めて二人の視線がぶつかる。切ない気持ちが共鳴し、大きく大きく、もう止めることが出来なかった。
今ここにいる。まだナルは存在している。
切なさと愛しさが交じりあい感情はもう名前が分からない程、複雑に渦巻いていた。あまりにも強く激しく動く心、まるでそれを抑えるかのように抱きあう。
触れられた。全身でお互いの存在を感じられた。
少しでも離れていたくない、二人の間に空気も元素でさえも入らないほど近付き感じていたい。両手に力をこめてお互いに強く抱きしめあった。
この苦しさは呼吸じゃなく心、ただそれを埋めたくて強く強く抱きあった。
言葉を発する余裕など何もない。自分の感情が少しでも落ち着かない限り頭はもう働かなかった。
名前さえも呼べないほど。
光の泡は徐々に輝きを増していく。もう時間はないのだと、彼女自身が訴えているようだった。
「ナル。」
名残惜しむように、愛しさをこめて名を呼んだ。その声はナルの耳に優しく響く。やっと息ができるような感覚、愛しさが満ち溢れ涙がこぼれた。
愛しさは切なさに似ている。それを身体の持つ感覚全てで感じていた。
「ハワード。」
涙で声がかすれてしまった。しかし彼女の想いに応えてハワードはより強くナルを抱きしめ名前を呼んだ。
「ナル。」
さっきよりもハッキリと、強く名前を呼んだ。
耳に心地よく響く声に目を覚ます。自分の名前はこんなに綺麗な音だろうか、こんなにも胸を高鳴らせるものだったのか。
「ナル。」
名前を呼ばれることが、こんなに嬉しいものだと初めて知った。それと同時に淋しくもなった。ハワードの肩越しに見える自分の手は光の中で姿を不確定にしている。もう輪郭さえもない。
分かっていた事だった。自分にはもう確かな身体がない、でも彼は生きている。自分は消えてしまう。
最後の別れと。最後に一目会おうと思い来ただけなのに、これが孤独というものなのだろうか。離れるのが辛くなる、自分が消えるのが恐くなる。
「ナル。」
もう彼の声を聞く事が出来ない。苦しい。こんな気持ちになるなんて想像もしなかった。まさか自分の心がこれほど大きく揺れ動くなんて。
淋しさや孤独感でつぶされそうになる。これ以上傍にいたら未練が強く残るだけだ。こんな気持ちになるなら来るべきではなかった。