光の風 〈占者篇〉-10
こんなに優しく笑いかけくれたのは本当に久しぶりだった。彼の笑顔は自然とナルを笑顔にさせる。
その時二人は時を超え、出会った頃に戻っていた。身分もしがらみも役割も関係ないと、もしかしたらそう言い張れる、そんな強さがあった頃だった。
それでもあの時自分達の気持ちを抑え、この道を選んだ事に何の後悔もない。精一杯生きた、これも1つの形なのだと愛しくも思える。
「ハワード。あの子達を頼みます。」
ナルはカルサの時と同じように占者として振る舞った。それに応える為にはハワードも大臣として受けなければいけない。
ナルらしいと心の中で呟き、一礼する。
「はい。」
ハワードが顔を上げると自然と二人の視線が合った。そして二人は当たり前のように近付き唇を重ねた。
それは軽く触れるくらいのもの。少し身体を離して改めてお互いの顔と気持ちを確認する。
照れたように愛らしく微笑み、ナルを形取っていた光の泡は消えてしまった。
ハワードの手の中には幻の感覚だけが残っている。ゆっくりと手元に視線を落とした。
残留思念。その言葉がハワードの頭の中を過る。
「こんな事まで出来るのか。貴女という人は。」
言葉の最後は涙でつまって消えてしまいそうだった。全て分かった。彼女は死んでしまったのだと。
ただ彼女を失った、救いようのない悲しみに身を投じたかった。抑えきれない、込み上げてくる感情と涙を隠さずにハワードはナルを想い泣いた。
彼にとってナルは、ただ一人の魅力的な女性だった。