やっぱすっきゃねん!VI-3
「監督ッ!私、てっきり──もうダメだ─って」
「今のおまえは、アレコレ考え込み過ぎてすべてをダメにしている。
だから試合から離れて、ひとつ々を組み立て直すんだ」
見捨てたわけでない。直也や達也同様、永井も必ず復活すると思っている。
だからこそ休ませ、すべてを一哉に託そうと考えた。
「ホラッ、藤野コーチに頼みに行ってこいッ」
「は、ハイッ!」
佳代は帽子を取り永井に一礼すると、弾かれたように一哉の元に駆けて行った。
「コーチッ、私にもう1度ピッチングを教えて下さいッ!」
頭を下げた佳代。その肩は震えていた。──温かい気持ちに触れた嬉しさに。
一哉はそんな様子に、ようやくチャンスが訪れたと思った。
「分かった。まず、走り込みだ。グランド15周走るぞッ」
「ハイッ!」
佳代はグランドへと一気に飛び出した。いつもは苦手なランニング。しかし今は、瞳を輝かせて走り抜けていく。
一哉は、数メートル後方を付いて行く。彼には勝算があった。
──必ず、あの日の感覚を思い出させてやる…。
「ダッシュッ!」
「は…ハイッ」
1周目終わり。スパイクの爪が強く地面を蹴り、腕の振りが大きくなった。
2人は、ぐんぐんスピードを上げて直線路を走っていく。
ダッシュとランニングを繰り返し、15周を走り切った。
「…ハァ、ハァ…呼吸を…整えながら…水分補給だ…」
一哉の額から汗が流れ落ちる。久しぶりの長距離に、かなり息が上がっている。
となりの佳代も、汗びっしょりで息も絶え々だ。
「あんな…スピード…は…初めて…」
一哉は、持ってきた袋から2リットルのペットボトル2本のうち、1本を佳代に手渡した。
キャップを外す手が震える。指に力が入らない。何とかキャップを外し、ボトルを両手で抱えて中身を喉に流し込む。
「飲み終えたら、すぐにストレッチだ」
暖まった筋肉を部位ごとに入念に伸ばしていく。練習が出来る身体を準備するために。
ストレッチを終え、2人はキャッチボールを始めた。
「もっとゆっくり放れ。相手のグラブから視線を外さず、指先から離れるまでボールを意識しろ」
わずか数メートルの距離。お互いが跪き、ひざから上のねじりと腕の振りだけで投げる。
同じ動作を続けなければ、ボールは思った以上にバラけてしまう。
10分…20分。一哉は繰り返す。──肩と腕の動きを身体に覚え込ませるために。
「ヨシ、次は10メートルの距離で普通にキャッチボールだ。今の投げ方を忘れるな」
ようやく普通のキャッチボールとなった。佳代は、たった今覚えた投げ方で腕を振る。
肩が柔らかく動き、リリースの瞬間だけに力が指先に掛かる。
ボールは勢いよく、一哉の構えたグラブに収まった。
「いいぞッ、もう1球」
徐々にお互いの距離が開れていく。40メートルを超えた時、佳代の左腕に、つい、力が入ってしまった。
「違う、違うッ!」
途端に一哉が駆け寄った。