「鬼と姫君」2章C-2
火に当たり、焼いた魚を頬張ると姫の顔に幾分血の気が戻った。
とはいえ、姫の濡れそぼった姿をみたら風邪をひく前に帰った方が良いようだ。
帰りは、姫を抱えて急ぐ。
抱え上げると姫は、河の水をそのまま腕にしているように冷たい。
岩屋に帰ると、鬼灯丸は何処からか乾いた衣を引っ張り出してきて、姫の着替えを手伝った。
姫は、鬼灯丸が触れる指先に微かに緊張を覚え、着替え終わるまで身じろぎもせず、じっとしている。
神妙な顔つきをしているのが愛らしく、可笑しくなって鬼灯丸は思わず声をたてて笑った。
右馬佐は、嘗てなかった感情に支配されていた。
自分の屋敷へ帰っても、思い出されるのは、寄り添う二人の姿だ。
姫君と異形の鬼は、絵巻物から抜け出たように似合いであった。
それもまた、右馬佐の心を逆撫でた。
本来、あの美しい姫君の隣にあるのは自分であったはずだ。
姫は右馬佐を鬼にも劣ると言い放ち、人ではないものを選んだ。
今までは、最初こそなびかぬ女はいたが、こうも貶められたことはなく、右馬佐は酷く自尊心を傷つけられた。
姫―…。
雪の様に白い肌にたおやかな漆黒の黒髪。
瞳は黒目がちで、長い睫毛に縁取られ、神秘的な輝きを秘めていた。
鬼に寄り添う姫は一段と美しさを増し、清らかであった。
手に入れられぬとなると、余計に波立つ気持ちを抑えることができない。
姫君への慕情と憎しみ、そして異形の者への嫉妬と侮蔑。
それらが右馬佐の腹のなかでぐちゃぐちゃに混ざり合い、粘性を帯びた墨のように暗い炎として灯っている。
何としても姫を取り戻し、手中に納めたい。
しかし、行方を知る術は皆無だ。
空は白み、明け方の日の光が部屋へ差し込んでくる。
右馬佐は目の下にうっすらと隈をつくり、一晩で随分荒んだ姿になった。
庭では目覚めたらしい鳥が場違いなほど明るく鳴いている。
そうだ。
陰陽師に託してみてはどうだろうと右馬佐は閃いた。
確か、陰陽寮に知人がいたはずだ。
この世のものではないものや怨霊の調伏に不思議な術を使うという、陰陽師なら或いは行方を掴めるかもしれない。
慌てて身支度を整える。
まだ明けきらぬ早朝の最中、出掛ける準備に家人をたたき起こした。