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「鬼と姫君」
【ファンタジー 恋愛小説】

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「鬼と姫君」2章C-1

姫がゆっくり瞼を開けると、辺りは薄暗い。

はて、こんなにも屋敷の中は暗かったろうか、と訝しんだところで、ああ、自分は屋敷を出て深山の岩屋にいるのだと気付く。

隣に寝返りをうつと、もう目覚めていた鬼灯丸と目が合う。
先程の姫の様子が可笑しかったのか、くつくつと笑っている。

「この様に満ち足りた気分を得られるのなら、やはり毎夜、ともに休むことにしよう」
などと言うと、鬼灯丸は姫を引寄せ、懐に抱く。

鬼灯丸の穏やかな心音が伝わりその心地好さと暖かさに姫はまた瞼を閉じる。
想い人と朝寝ができるとは、何と贅沢なことであろう。


次に姫が目覚めたときは、窓のない岩屋も幾分明るくなってからだった。
やはり、鬼灯丸は先に起きていて、姫のために山にある木の実や飲み水などを集めてきていた。
姫の知らない実も多かったが、鬼灯丸の注釈を聞きながら皮を剥き、口に入れるとどれも美味であった。

山にはこういった果実や山菜、近くを流れる沢には魚、そして獣たちと食材は豊富にあるという。
姫が外に出てみたいと言うと鬼灯丸は立ち上がり、姫の手を引ひいた。

岩屋を出ると日は既に高く、暗闇に慣れた姫の目を刺す。
薄目を開けると四方は木々に囲まれ、森林の爽やかな香りが漂っている。
遠くで鳥が姫が聞いたこともない声で鳴いている。

「何処へ参ろうか」
「手足が埃っぽくて。沢へお連れ下さいませんか」
沢へはほど近く、姫の足でも歩けるという。
手を繋ぎ、連れだって歩く。
鬼灯丸が姫を抱えて一駆けすれば、瞬きの間に着いてしまうのだが、そうしなかったのは姫に岩屋から沢までの道を覚えさせたかったためだ。

生きる上では、飲み水の確保が何よりの大事だ。
また、この沢を流れに沿って下っていけば、麓の里に辿り着く。
自分に何かあった折りには役立つだろうと考えてのことだ。


さらさらと音を立てて流れる沢の水は清らかで、触れると冷たかった。
姫は表着を脱ぎ、袖と袴の裾をからげ手足を濯ぐ。
水は冷たかったが、汚れた身体に心地好い。
顔を洗い、ついでに髪も拭う。

自由に水浴びしたいだろうと察した鬼灯丸は、姫の姿が見えぬ上手の方で魚を追いかけた。
頃合いをみて、今日の獲物を下げて姫のいる場所へ向う。

姫はまだ水の中にいて、鬼灯丸の姿を認めると岸へ近づいてくる。
その姿は、まるで水の女神のようで禊をした姫はより清らかで光の粒を纏い、輝いている。
岸へ上げようと、鬼灯丸が姫の手をとるとその氷のような冷たさに驚いた。

鬼灯丸は思わず自らの衣で姫を包みみながら言う。
「身体が冷えきっているではないか。寒かったろうに」
「水があまりにも清らかで心地良かったものですから…」
姫は恥ずかしそうに俯いた。

鬼灯丸は姫の様子に一つ息をついて、直ぐに火を起こし始めた。
全く、昨日は右馬佐とやらに臆することなく、堂々と持論を述べていたかと思えば、この様な子ども染みた振る舞いもする。
面影は幼い頃のままだが、思ったことを直ぐに表情で表していた頃とは違い、少なからず成長した姫の心内は読み難く、鬼灯丸は少し不安になる。

本当のところ、姫はこの状況をどう思っているのだろうか。
そして、鬼と知った鬼灯丸のことは―。


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