「Why dont me…?」-3
そのあとは、いろんなところに連れまわされた。ウィンドウショッピングというやつだ。しかし、俺にはなにが面白いのか分からない。買いもしない商品を眺めているだけで何が楽しいのだろうか。でも井澄はとても楽しそうだった。途中見かけた、父親のまわりではしゃぎまわっている子供の顔と、井澄の顔が重なった。何がそんなに楽しいのか、よくわからない。でも、そんな井澄の顔を見ているのは、そう悪くはないと思った。
帰りの電車に乗ったころには、あたりはわずかな明るさを残しつつも、既に暗くなり始めていた。腕時計の短針は、6と7の間あたりを指している。
向かいの席の乗客は、相変わらず饒舌だ。
「はぁ、おもしろかった。」
俺は疲れた。
「ねぇ、それ、何買ったの?」
井澄は俺の右手の上の紙袋を指差した。
「これ?本。」
とちゅうに寄った書店で買った本だ。
「何の本?」
「今日観た映画あっただろ、あれの原作者が書いた小説。俺好きなんだよ、この作家。」
「へぇ、よく読むの?本。」
「まあ、結構読むかな。」「読書家なんだ。」
「別に。眠りたいときに読むんだ。活字がならんでいる文章読むと、眠くなるから。だからなるべく退屈な内容のものがいいんだ。よく眠れるから。」
「なにそれ、おもしろーい。」
井澄はけらけらと笑った。俺としてはあまり笑ってほしい場面じゃなかったのだけれど。
「じゃあさ、教科書とかは?すごく眠くなるんじゃない?」
「それもあるけどね、ただ、問題が一つ。教科書だと眠くなるだけじゃなくて頭が痛くなる。だから駄目なんだ。」
井澄はますます笑った。つられて、なぜか俺も笑った。楽しいと、思ったのかもしれない。
俺たちの駅についたころには、明るさはすっかり引き上げて、かわりに暗闇があたりに充満していた。こういう場合は、やはり
「暗くなってきたし、家まで送るよ。」
こう言わなければいけないだろう。
「え、いいよ、家、反対方向だよ?」
なぜここで遠慮するかな。でも一度言ってしまった手前ここで引くわけにはいかないし。
「いいから、送ってくって。」
「ほんとに、いいの?」
何度も確認するなよ。
「いいよ。もうすこし井澄と一緒にいたいしさ。」
思わず、そんな言葉をつかって納得させてしまった。卑怯だったかな。
「え、あ、うん…ありがと。」
やっぱり、というか、予想以上の反応を示す。それを嬉しいと感じたのは、何故だろう…。
帰り道、井澄は静かだった。死ぬほど気まずいかと思ったが、その沈黙は少しも気まずくなかった。まるで沈黙というものが、そこにあるのが当然のもののように宙に浮いているようだった。だからだろうか、繋がれた手からつたわる温かさを、心地よく思ったのは…。
「あ、家、ここだから。」「そっか。」
手がほどかれる。…あ…
「井澄。」
あれ、なんで呼び止めたのだろう。
井澄がふりむく。
「…っと、その、じゃあな。」
「うん。今日はありがとう、とっても楽しかった。」さっきまで繋がれていた手をひらひらと揺らす。「バイバイ」と。俺も同じように手を振った。「バイバイ」と。お別れ。この瞬間ができるだけ早くこないかと願っていた。願っていた、過去形だ。今は…。
今日は、本当に疲れた。俺はベッドに座った。
やっぱり女の子って、疲れる。でも…今日、井澄と一緒にいたとき、面倒だとも思ったけど、楽しいとも思った。別れるとき、寂しいと思った…。その気持ちも、嘘じゃない。もしかして、俺…。まったく、自分の気持ちというのが一番面倒くさい。
「面倒なことになったな。」
溜め息まじりにベッドに転がる。右手には、もう型遅れとなった、使い古した自分の携帯電話。
面倒くさいことは、嫌いだ。でも、少し、動いてみよう、俺も。
俺は、愛理にメールを打とうと、携帯を開いた。
FIN