「Why dont me…?」-2
時計を見る。午後1時5分前。待ち合わせの時間より少し早いが、駅には既に井澄がいた。俺の姿を見つけるなりすぐに顔を無防備な笑顔にして、手を振ってきた。俺も軽く手だけ上げて挨拶をした。
「よう、早いな。5分前。俺のほうが先かと思ったんだけどな。」
「実は今から10分くらい前にはもう来ちゃってた。」えへへ、と笑う。
「そうなんだ、あぁ、じゃあ待たせちゃったわけか。悪いな。」
「ううん、全然。もともと待ち合わせ時間1時だし、私が勝手に来ただけだから。」
「そっか。」
「うん、それに、私好きなんだ、待ち合わせで、相手を待ってる時間。今日どんなこと話そうかとか考えたり、どんなふうに声かけてくれるかなとか、どんな格好で来るのかなとか想像したり。」
俺は自分の着てきた服を見た。普段着とあまり変わらない、がっかりさせたかな。
「まぁ、ともかくさ、今日って何処行くの?」
「あ、実はね、まだ決めてないの。今から相談して決めようと思って。」
そんなこと、昨日メールですればよかったじゃないか。なんでわざわざ。でもまあ、メールよりも口で話したほうが楽といえば楽だ、俺としてはこっちのほうが好きかな。
「で、どうしようか。幹太君は何したい?」
「そうだな…映画とかは?」
「映画か、いいね。あ、私観たいやつあったんだ。」井澄の口から出てきたのは、ベストセラー小説を映画化した今話題の映画だった。
「あぁ、それ俺も観たいと思ってたんだ。」
「じゃあ、それにしよっか。」
行き先も決まり、俺たちはとりあえず映画館のある街まで行くために電車に乗った。
俺達はボックス席に向かい合って座った。電車の座席はなんとも眠りに向いている。そのシートの柔らかさと走行中に生じる適度な揺れが心地よいまどろみを誘う。でも今日は眠るわけにはいかない、というか眠れない。向かいの席から井澄がずっと話しかけてくる。結局、目的の駅に着くまでの約15分、会話が途切れることは無かった。
とりあえずよかった。電車の中で会話が続かなくなると、かなり気まずい空気が流れる。とりあえずそれは回避できたわけだ。
映画館に行って、指定席の券を買い、中に入った。上映開始までまだ時間があるからか、意外と空いている。スクリーンにはアニメのキャラクターが、映画館内では携帯電話の電源を切るように促している。席に座ってしばらくすると、映画が始まった。
我ながら、映画を選んだのはいい判断だった。映画なら、2時間は何もしなくてもいい。それに、この映画を観たかったというのも嘘じゃないし。
映画が半分くらいにきたところで、肘掛に置いていた手に、何かが触れた。それはそのまま手を握ってきた。井澄の手だ。振り払うわけにもいかないし、とりあえず握り返しておいた。クライマックスのシーンになると、握った手から微かに震えが伝わってきた。もしかして、と思ってちらりと横を見たら、案の定泣いていた、涙をぼろぼろ流して。なんで女っていうのはこんなにすぐに泣くのだろう。確かに感動する場面ではあるけど、こんなに泣くなんて。一気に居心地が悪くなった。こんなことなら別の映画にすればよかった。
映画が終わり、外へ出る。井澄の顔にはまだ涙の跡が残っている。
「井澄。」
俺は目の下を指差した。
「えっ。」
「ちょっとひどいかも。」
「うそ、やだ。ちょ、ちょっと待ってて。」
そう言ってトイレへ走って行った。はぁ、面倒だなあやっぱり、女って。
しばらくして井澄が戻ってきた。顔でも洗ってきたのか、顔に水滴がまだ少し残っていた。それをシャツの袖で拭ってやった。でも、やった瞬間、あ、と思った。ハンカチとかならともかく、シャツの袖なんかで拭われたら不快じゃないだろうか。でも
「ありがとう。」
満面の笑みが返ってきた。あ、ちょっとかわいいかも。
「あ、あぁ。でも、嫌じゃなかったか、シャツの袖なんかで。」
「全然。でも、そんなことまで気にしてくれるなんて、優しいね、幹太君。」
「…別に。」
俺は気持ち早足で出口に向かう、井澄が嬉しそうに後をついてきた。