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堕胎
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堕胎-1

 陽光がアスファルトの表面を焦がしゆらゆらと陽炎立ち上る中、僕は額に玉の汗を浮かべながら隣町で一番長い坂道を上がっていた。
 花火大会があるからと、叔母の家に呼ばれているからだ。
 坂の上には閑静な住宅街が続き、この坂を上がりきった所に叔母の家がある。
 秋になると金木犀(きんもくせい)の垣根に一面の黄色い花が咲くが、今の時期は百日紅(さるすべり)や鬼灯(ほおずき)が花をつけているだろう。
 鬼灯は鮮やかな赤い実と違い淡く黄色い清楚な花を咲かせる。
 叔母はこの小さな花が気に入っており、よく一輪挿しに入れて飾っていた。
 やがて坂を上がりきると、垣根から百日紅が覗く家を探した。
 七夕が近い為か、家の玄関には息子の圭太君が作った笹飾りが飾ってある。
 僕は短冊に書かれた無邪気な願い事を見て顔をほころばせると、ハンカチで汗を拭って息を整えた。
 呼び鈴を押すと圭太君が嬉しそうに飛び出してきた。
 僕の太股にしがみついて顔を擦りつけると嬉しそうに僕を見上げる。
 僕も昔、叔母の彼氏、つまり今の叔父さんが訪ねてくると遊んでもらいたくて飛び出して行ったことを思い出す。
 無邪気に僕に話し掛けてくる圭太君の頭を撫でていると奥から叔父さんが顔を出し、叔母も続いて姿を現した。
 家族全員で出迎えられ、僕は気恥ずかしさのあまり視線を逸らし、鼻の頭を掻いた。
 取り敢えず居間で冷たい物でもと叔母に勧められ圭太君に手を引かれて家に上がる。
 振り返って靴を揃えようとしたが圭太君の力は意外に強く、見ると既に叔母が靴を揃えてくれていたので恐縮してそのまま奥へ進んだ。
 途中、居間の隣にある仏間の襖が僅かに開いており、僕は一瞬昔の記憶が脳裏をよぎって顔が強張った。
 仏壇の前にはあの時と同じように水子供養の御札と鬼灯の花が飾ってある。
 後ろを付いて来ていた叔父さんもそれに気付き顔を曇らせるが、直ぐに僕の肩を叩くと居間へ促した。
 居間で冷たいお絞りを出され、僕は暑さで火照った顔を拭うと圭太君が僕の膝にじゃれついてきた。
 僕は特に気にする事もなく冷たい麦茶を飲みながら、僕の膝にじゃれつく圭太君の話に耳を傾ける。
 圭太君は今、何とかというゲームがお気に入りで、それに登場するモンスターのカードを顔を輝かせながら見せてくれる。
 正直よく分からないが、話を聞いてやるだけで嬉しそうだ。
 気が付くと叔母は、庭に出て植木や鉢植えに水をやっていた。
 僕はその姿を見ながら、昔見た叔母の悲しげな表情を思い出していた。
 あれは僕が小学校の一年の時、両親に連れられてこの家にやってきた時の事だ、一人遊んでいた僕は水子供養のお札を見つけたのだ。
 漢字を覚えたばかりの僕はそのお札に興味を持ち、読める漢字だけを読んだ。
 つまり、水子の文字だ。
 そして談笑していた両親達に向かって、僕はあろう事か水子とは何かを訊ねてしまった。
 無論、僕は両親に叱られた。
 特に母親は顔を真っ赤にして怒り出したが、僕にはまるで何の事か分からず、ただ火がついたように泣くばかりであった。
 後から分かった事だが、その日は生まれてこなかった子の命日だったのだ。
 もしかすると、普通の日であれば苦笑いされるくらいで大して怒られなかったかも知れないが、当時の僕は知る由もない。
 そしてそんな僕を叔母は優しく抱きしめ、慰めてくれた。
 今、思えば一番辛かったのは叔母だった筈なのに、目に涙を溜めた叔母は上擦った声で悪くないよと言ってくれたのだ。
 そんな騒ぎを叔父さんは覚えていたのだろう、いつしかはしゃぎ疲れて眠る圭太君を気にしながら呟いた。


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