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のたうつ大陸
【ミステリー その他小説】

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のたうつ大陸-3

「ミサキ、知ってるか? 彼女のこと」
「赤城さんでしょ? 学会で何度も会ってるよ。ショックだな」
「ソマリア領内を連れ回されたあげくに、いまは首都のモガジシオか」
「記者会見見たけどかなりやつれてるよ。犯行グループってイスラム系?」
「いや、それはない。イスラム過激派ならまず真っ先の自分たちの名前を名乗って、その正当性を滔々と主張するから。物取りの武装集団だよ」
「でもソマリア人の政治犯釈放とか要求してるよ」
「それはあとからとってつけた理由。2人はエチオピア領内でソマリア系住民の面倒を見てたのよ。ソマリア人からも石を投げられるようなことして非難浴びたから、急遽政治犯をきどっただけだよ」
「じゃ、やっぱりお金? NPOは払うかしら?」
「ミサキ、あんたはほんとウブだね。NPOが払うわけないじゃん」
 ナオは確信をもって言い切った。
「さっきソマリア人のジャーナリストから電話で聞いたんだけどさ。最初に襲撃をかけたのは8人くらいの村の武装集団。彼らが要求したのは数十万の身代金だって。そこで村の長老とオガデン地方のエチオピア反政府勢力が仲介に入って交渉を始めた。その内容は、犯行グループの身の安全は保障するから身代金は諦めろ。で、怒った武装集団が拒否して別のグループに2人を転売した。それが繰り返されて身代金がいつの間にか億単位につり上がった、と。このNPOはお金ならあるのよ。パレスチナで億単位のプロジェクト計画してるし。ただボランティアの身代金に払うお金はないってこと」
「じゃあ見捨てるわけ?」
「そうじゃないよ。ただ自分たちの懐が痛むのは困る、と。今頃日本政府にネチネチ言ってると思うよ。うちは出せないからオタクが出してくれって。武装集団もビジネスだから、あとは日本政府と金額の交渉じゃない?」

 1カ月が過ぎ、2カ月がたった。交渉が進展している気配はない。私の元には熱帯医療研究会の関係者から連絡が入った。日本と看護師の住むオランダで、有志が寄付集めを始めたらしい。私も僅かな額だが協力させてもらった。でも身代金の額から考えたら焼け石に水だろう。
 その間に日本の新聞社が赤城医師に電話取材を行った。2人は活動を終えて帰るところを待ち伏せされたと彼女は日本語で話した。

「待ち伏せか。待ち伏せなんて、内部に通謀してる人間がいないと無理じゃない?」
 私はナオに聞いた。
「じつは1年くらい前、エチオピアのやっぱりあのあたりでアルゼンチン人の医師と看護師のペアが消息を絶ったんだ。彼らも世界の医師団だったんだよ。おかしいね、立て続けに起こるなんて」
「ねえ、ナオ。やっぱり変だよ。2人はミッション遂行中だったんじゃないの? それなのに1円も払えないなんて」
「そこが彼らの巧妙なとこなんだよ。もしあたしが彼女の上司でミッションが存在してたとする。あたしはその日のうちに関係書類をシュレッダーにかける。そうして組織とスタッフとの繋がりを消してしまう。いざというときは自己責任、そういう念書は取られてるからミッションの痕跡さえ消してしまえば問題なしと」
「世界の医師団はミッションだと認めてない? じゃ無許可で行ったと?」
「だからだんまりだって」
「あたしたちのNGOでも同じことが起こりうるわけ?」
 ナオは静かに頷いた。
「あたしたちは鵜飼いの鵜なのよ」
「ナオ、あなたはエリートじゃない。自分の仕事を否定するの?」
「否定なんかしてないよ。鵜飼いの鵜だってちゃんと魚は獲れるんだ。ただ悲しいことに、鵜の首には紐がついていて、その紐の先はあたしたちには窺い知れない人間が握ってる。あたしはそれを言いたかっただけ」
 私は黙って聞いていた。


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