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のたうつ大陸
【ミステリー その他小説】

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のたうつ大陸-2

 翌日から早速、私の初仕事が始まった。私が統括しなければいけないのは医療部門。まず喫緊の課題は、子ども達や妊婦の栄養・健康状態の改善だ。感染症の蔓延も危惧されるし、HIVについての報告書もまとめないといけない。それから診療所の衛生レベルを引き上げて、医療スタッフを育成する。2年間でできることは限られているが、道筋だけはつけていかないといけない。
 一方のナオは、やる気のある若者に教師の資格を取らせる道筋をつけ、子ども達の学べる場所を確保して回る。そしてこれは私にも教えてもらえなかったが、現大統領の不正蓄財についても密かに調べているらしい。
 しばらくして、私はあることに気がついた。ナオが他の欧米のスタッフたちと一線を置いていることに。

 例えば私たちスタッフは、現地人とはカップルにならないようにという教育を皆受けている。それが安全対策だというのだ。ところがナオだけは、堂々と現地の男の子とつきあっている。またここは音楽が盛んな地で、10以上のラジオ局や民放テレビすらキンシャサにはある。サハラ以南のアフリカでは極めて珍しい。しかし白人スタッフたちはCNNや外国の衛星放送にかじりつき、ノートパソコンでパリのNGO本部とばかり連絡を取りあっている。ナオだけが現地の男の子とつきあい、現地のラジオで地元の音楽を聴き、現地の言葉も学ぼうとしていた。

 私はこの地を踏んで、今のNGOのあり方に疑問をもつようになった。きっとナオもそうなのだろう。それは私たちが白人ではないからかもしれない。
 NGOのシンボルカラーで彩られた四駆が行き交う分厚い扉に守られた内側で、若い欧米のスタッフたちが現地スタッフを駒のように動かし、食糧や仕事をキンシャサの人々に分配する。問題は、そんな目に見える光景だけではなかった。
 例えば難民キャンプのあるゴマ。ここには世界中から人道支援の組織と金が集まってくる。ホテルが建ち、国連関係者の邸宅が建ち、そのおこぼれに与った地元の暴力団の懐が潤う。キンシャサのある人類学者はこう言った。
「コンゴで金持ちになる方法は3つある。政治、宗教、NGOだ」
 モブツ元大統領時代の援助のあり方は政府間協力だったが、いまはそれぞれのNGOが行政機関と個別の協定を結ぶ。有利な団体登録を得たNGOは、受け入れ国で大きな特権を得られる。モブツ失脚後に態勢を固めた政治家や軍幹部たちは、援助組織とうまくなれ合った。

 そんな私たちNGOの姿を冷ややかな眼で見つめているのは、無一文のキンシャサ市民だけではなかった。あまり知られていないが、コンゴには非常に多くの地元団体や開発NGOが存在する。地元団体からの申し出を軽視し見下しがちな欧米NGOに対し、従属するのではなく時間をかけても自立をかちとりたいと言う関係者もいた。
 私は時間があればキンシャサのスラム街を訪れるようにした。ある日、小さなキリスト教系の慈善団体がそんなスラムで活動していることを知り、その寄宿舎と教室に行ってみた。教室は30平方メートルくらい。トタンで囲われたその教室で無資格の教師が教え、地元団体が僅かな予算で30人ほどの子どもを引き受けている。それでも路上で暮らす子ども達に比べてはるかに表情は明るく賑やかだ。路上の子ども達から見れば、そこは羨望の場所だった。
 こんな場所に欧米NGOのスタッフが足を運ぶわけないな、そう思いながらも私はそのことを聞いてみた。その瞬間、教師たちの顔が輝いた。一人のフランスNGOスタッフが半年ほど前からここにしばしば足を運んでくると言う。そのスタッフは日本人だというのだ。
「名前は?」 
 その質問に答える代わりに、教師の一人が一枚の写真を大事そうに見せてくれた。笑顔の子どもたちに囲まれて、小柄な若い女性がちょっとはにかむように立っている。ナオだった。ナオはこの2人の無資格教師が資格を取れるようにと、自習用の教材を届けていたのだ。ナオ、あんたはやっぱり他のスタッフとは違う。あんたはヤマトナデシコの鑑だよ。
 帰り際、みんなが笑顔で見送ってくれた。これだ。私がずっと見たかったのはこの笑顔なんだ。

 あっという間に1年半が過ぎた。いろんな思いはあるが、ともかく後任への道筋だけはつけられそうだ。現地の医療スタッフの成長には目覚ましいものがあった。あとはHIVについての報告書だ。そう思っていた矢先、ショッキングなニュースが飛び込んできた。
 エチオピアのオガデン地方で医療活動を終えて帰路に就いていた医師と看護師が、武装集団に襲撃されソマリア領内に連れ去られた、その一人が日本人だというのだ。2人が所属するNPO世界の医師団は、それ以上の情報は出さなかった。ほどなくその日本人は30代前半の女性で、私の所属していた長崎大学熱帯医療研究会に籍を置いていたことがわかった。


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