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「あの…校長先生…」
雛子は高坂に声を掛けた。
「何です」
高坂はにこやかな表情を崩さず雛子の方を見た。
「先ほど…あの、野良着を着てらっしゃいましたが、あれは?」
「ああッ、あれは花壇と鶏小屋の世話をやってたんです」
「ええッ!鶏小屋を?」
高坂は、雛子のすっとんきょうな声に小さく笑うと頷いた。
「校舎のむこう、校庭側に花壇と鶏小屋があって一応、子供達に世話を任せてるんですが細かいところまでは…だから私が見てるんですよ」
「でも…校長先生も忙しいでしょう?」
「なあに、私は土のう袋のような物ですよ」
「土のう袋?」
高坂は大きく頷いた。
「普段は何の役にも立たない。先生方に学校を任せてるんです。
ただ、大事が起こったら私が前に立って責任を取る。校長いうのはそんなモンですよ」
2人は階段を下り、生徒を待つ。最初に現れたのは雛子も知っている子供だった。
「ヨシノちゃんッ、おはよう」
声を掛けられ、ヨシノは顔を上げた。雛子を見て照れたような顔で頭を下げる。
「お、おはようございます…」
麻布の手下げ袋に、背中には──貴之─だったか、赤ん坊をおぶっている。
重みに耐えて階段を登る姿を見て、雛子は思わずヨシノに近寄った。
「大丈夫?私、後ろから抱えてるからね」
右手で赤ん坊を抱え、ヨシノに合わせて階段を登る雛子。
──ああ、この子なら大丈夫だ。
彼女の気持ちを見た高坂は、安心の笑みを浮かべた。
その後も子供達は校門前に現れる。ヨシノ同様、赤ん坊を連れて来る生徒は1人や2人でない。
中には、4?5歳位の兄弟を連れて来る子もいた。
雛子にはすぐに分かった。彼女が居た長野の小学校でもあったことだ。
百姓を生業とする家では、農繁期には皆が田畑にかかり切りになる。赤ん坊を世話するものなどいない。
だから、兄や姉が赤ん坊の面倒をみるのは当たり前だ。雛子のクラスメイト30人中、7人が弟や妹を連れていた。
「センセーッ!おはようッ」
そんな落ち込みそうな雛子の気分を、払拭してくれる声。
大や公子、三郎に和美など昨日会った子供達が、声を弾ませ次々と通り過ぎていく。
時刻は8時近くになり、子供の姿が途絶えた。
「校長先生。生徒はこれで全部ですか?」
雛子が何気なく訊ねると、高坂はゆっくりと首を振る。
「3年生の景子ちゃんという子が風邪をひいて休んでます。それと……」
高坂はそこで口をつぐんだ。
雛子が不思議に思っていると、息を切らせて駆けて来る子供の声が聞こえた。