阿婆擦れ-6
優香が、清次に紹介された港町のレストランで働き始めて1年が経っていた。とても優しいオーナーの玲子が、作法はもちろん、身のこなしから言葉使いまで細かに教えてくれていた。その日は、ホールに立っていた。珍しく空いており、2組のお客様がディナーを楽しんでいた。優香は仕事が楽しみになり始めていた。裕福な街の格式高いそのレストランは、お客様も洗練され、優香のさり気ない気配りに素直に喜んでくれるお客様も多かった。
優香は、若い一人の男性が店に入って来るのに気がついた。優香が迎えに出ると、男性は優香を突き飛ばして、レストランの奥へ走り込んだ。
「きゃー!」
悲鳴を上げたのは、優香が突き飛ばされるのを見た女性のお客様だった。
「おどりゃあ、玉、取ったらあ!」
男は叫び声とともに拳銃を取り出した。拳銃を向けられた白髪の紳士が立ち上がる。
後ろに立っていた男が、紳士に覆い被さるように抱きついた。
「おやじぃ!!!!」
店の外から、別の若い数人の男たちが駆け込んで来た。
「やめな!」
その時だった、優香が拳銃を持った男に飛びついた!
「なんじゃい!離せ!」
優香ともみ合う男に、後から駆け込んできた男たちが次々と飛び掛り押し倒した。
「わりゃあ!どこのもんじゃい!」
「生きて帰れると思うなよ!」
「おやじ!大丈夫ですかい!」
男たちに罵声が店を飛び交う。
襟口から刺青が覗くガラの悪い男たちだったが、優香を助け、お店の他のお客に丁寧に詫びると、拳銃の男を連れて直ぐに出ていった。
騒ぎを聞きつけた玲子が店の奥から飛び出してきた。少し離れたお客様に声を掛けると紳士の元へ飛んできた。
「あなた。お体は?」
「おお、大丈夫だ。
それより、あのお嬢さんに助けられた。
お嬢さんが、俺を襲おうとした男を取り押さえてくれたんだ。
大した娘さんだ。」
「まあ、本当に。
優香さん。お怪我は無いの?
この人は、私の主人なのよ。
本当にありがとう。」
「そんな、私も咄嗟に体が動いただけで、
でも、本当に良かった。」
「それにしても、大した度胸だ。
あんなことがあっても顔色一つ変えねえとは、
素人さんとは思えねえ。
うちの若い衆の嫁に来てもらいたいくらいだ。」
「だめよ、あなた。
この人は、優香さん。
あなたもよく知っている清次さんのお孫さんなのよ。」
「おじきの?」
紳士の顔が引き締まるのが分かる。
「失礼しました。
清次のおじきには、大変お世話になりました。
あっしのせいで、お孫さんを危険な目にあわせたとあっちゃあ、
このままでは済ませません。
直ぐにご挨拶に上がります。」
これには、優香も参った。