……タイッ!? 第二話「励ましてあげタイッ!?」-1
放課後、運動部員達がグラウンドで汗を流し、吹奏楽部が屋上で演奏をしている中、部室棟の一室で引越し作業が行われていた。
女子陸上部の新部室の申請が通り、男女別々の部屋があてがわれ、ロッカーやパイプ椅子、机が運び込まれていた。大体のことは部員総出で行い、細かな掃除はキャプテンの久恵と紀夫で後始末をしているのだが、学校指定のジャージの上にエプロンと三角巾を羽織り、雑巾片手に部屋を行き来する彼の姿は違和感が無く、哀愁を漂っていた。
「……梨本先輩、あとは僕一人でできますよ」
「でも、まだたくさん残ってるわよ」
縁の無いオシャレな眼鏡が理知的な久恵は、陸上部女子の中では珍しい常識の持ち主であり、「後輩一人に仕事を押し付ける」ことに抵抗があるらしい。もっとも怒らせると怖いらしく、つい最近も遅刻癖のある理恵に雷を落としたばかりだった。
「先輩は練習をがんばってください。僕はこれぐらいしか出来ませんし、皆さんが練習に集中できるようにするのもマネージャーの務めです」
来週末は高校総体が控えており二年である久恵にとって最後の晴れ舞台。本来なら掃除などしている暇は無い。ただ、彼女自身優秀なアスリートでないことを自覚しており、他の部員に比べて練習への熱が乏しいように見える。
「そう、それじゃあお願いね」
それでも部員の手前、投げやりな態度を見せないように心がけているのはキャプテンの自覚からだろう。
「はい、がんばってください。先輩!」
無責任な応援を背に受けながら、久恵はこっそりとため息をついていた。
**――**
つい最近まで物置だった部屋は埃臭く、窓枠には黒いぽつぽつが目立つ。
細かなことと思いつつも使用するのは女子なので、歯ブラシ片手に重箱の隅を掃除しだす。
パイプ椅子に立ちカーテンレールの埃を掃い、スモークガラスだが中の様子が見えては困るので支給された濃紺のカーテンをつける。
一人でできると見栄をはったものの、几帳面な彼は枝葉末子まで掃除してしまい、キリが無い。
「おーっす、失礼するぞ」
廊下を走る音がしたと思ったらドアがガチャリと開き、綾が私物片手にやってくる。
「はーい」
掃除に余念の無い紀夫は振り返らず、熱心に窓枠やクロズミの目立つ部分を掃除する。
「ロッカー使うぞ」
綾は隅っこのロッカーに荷物を入れると、頑丈そうな南京鍵を掛ける。
――そんなにしなくたっていいのに……。
紀夫は内心彼女の徹底振りに呆れつつ、それを気取られぬように前を見る。
「おいマネージャー、ここって換気扇ついてんの? 回る?」
上を見ると蛍光灯脇にファンが見えた。
「あ、ほんとだ。えっと、動くはずだけど、クーラーはないけどね」
「そうなんだ。ふーん、そっか……」
ほっと胸を撫で下ろす彼女を訝りながらも、紀夫は去っていく背中に「練習がんばって」と声をかける。
黒ずみ除去の次は換気扇の掃除。埃が幾重にも層をなしており、指で擦ると黒くなってしまう。
「おっはよー、……ってノリチン張り切ってるねー」
ファンの埃に咽ていると、今度は理恵がやってくる。彼女はまだ制服姿なので、おそらく補習授業にでていたのだろう。
「理恵さんおはよう。また遅刻?」
「誰かさんが補習サボルんだもん」
ドアを閉めるとおもむろにリボンタイを解き、ブラウスを脱ぐ。紀夫が慌てて顔を背けるも、理恵は「今更恥ずかしがる必要なくない?」とからかう。