……タイッ!? 第二話「励ましてあげタイッ!?」-8
「エッチ……」
「手ぐらい」
「嬉しいくせに……」
スカートにゴシゴシこすり付ける里美とは対照的に特に何もしない紀夫。
「うん……」
「むかつく。島本のエッチ、スケベ、お尻好き、童貞、あと、エッチ……は言ったけど、とにかくエロエロ野郎」
それほど意識しない紀夫に苛立ちを感じる里美は早口で捲し立てる。
「うん……」
「知らない!」
受け入れる紀夫の態度にいらだったのか、里美は心中複雑な様子で走り出す。
「待ってよ、送って……」
追いかけようにも躊躇距離の彼女に追いつけるはずも無く、自転車を走らそうとして勢い余って転んでしまう。
「もうすぐそこだから平気。バイバイ!」
自転車を立て直す紀夫の耳に届いたのは、突っぱねるような里美の声だった。
**――**
総体当日は少し雲が目立っていた。開会式の選手宣誓の頃には既に霧雨が舞っており、薄暗い雲が選手の心中に不安がよぎらせた。
それらは皆同じ条件……のはずが、選手達はどうしても自分にだけ不利な気になってしまう。
里美もその一人だった。
彼女の出場する予定の八百メートル走は明日の午後。それまでは他の部員の応援でしかないが、肌をぬらす霧雨が体温を奪い酷く不快だった。
「香山さん。大丈夫?」
事務手続きを済ませてきた紀夫がタオル片手にやってくる。
「大丈夫ってなによ。平気に決まってるでしょ? ばっかじゃない?」
つい尖った口調で返してしまうのは、なにも今日のコンディションだけが原因ではない。
「あたし、集中したいから話しかけないで」
数日前の些細な言い争いが端を発し、昨日の放課後までまともな会話の一つ無かった。
彼女にとって彼だけが友達と言うわけではない。そもそも休み時間は女子と話すことが多く、彼自身、電算室や職員室、生徒会室とあわただしく走り回っており、教室でのんびり過ごすことが少なかった。部活中は彼女も練習があり、ものの五分という時間すら作らずにいられた。
だから自然に彼を避けることが出来た。
のに……?
もしかしたらそれが苛立ちの原因かもしれないと思うと、里美の心中はさらに荒れ模様をなす。いうなれば今日の空模様のような、暗雲立ち込める今にも泣きだしそうな……?
**――**
「いっけー! 紅葉ー」
「ガンバレー、キャプテーン!」
「ごーごー、桜蘭! いけいけ、桜蘭!」
応援席では陸上部員、チア部員が懸命に声援を投げる。チア部には理恵や優が混ざり、一緒になってカラフルなぽんぽんを振っていた。
グラウンドの中央では走り高跳びが行われており、二年の女子数名が参加している。
そのさらに奥の砂場では幅跳びも行われており、キャプテンである久恵、紅葉が競技の開始を待っていた。
――久恵先輩、大丈夫かな?
部室での一件はまだ彼の心に陰を落としている。
紀夫は久恵の普段の様子を知っているわけではない。
だから彼女がどういうつもりで陸上を続け、キャプテンを担い、そしてあの態度を示したのかわからない。
女子に性欲が無いわけがない。だから久恵がそういうことに興じたいとしても、それは不思議ではなかった。たとえ、部室であっても、相手が誰であろうとも……。
「ガンバレー! ……ほら、ノリチンも声だしてこ?」
「え? あ、うん! がんばれ!」
ユニフォームこそ陸上部のものだが、ヒラヒラした青いスカートを翻す理恵。マニアックな洋装にドキっとしながら、それを隠そうと声を張り上げる紀夫だった。