……タイッ!? 第二話「励ましてあげタイッ!?」-6
「それじゃ、あとよろしくね」
「え、あ、はい……。おつかれさまです……」
「ちょっと待ってください先輩、まだ話は……」
強引に部室を出ようとする久恵の背に、里美は不機嫌そうな表情で食い下がる。
「何かあったかしら? 香山さん」
久恵は澄ました表情で一言告げる。普段から真面目一色で練習中は冗談一つ言わない彼女。その一面しか知らないせいか、続く言葉が出てこない。
「いえ、なんでも……」
放課後の部室。疑惑の距離を問い詰めることも出来ず、ただ壁を見るだけの里美。
神聖な部室。新しい部室。男の、というより性の臭いの無かった部室が汚された。
しかもそれは真面目な部長と自分を守ると言った男子。
当然看過できるはずもなく、しかも言い返せずにいた自分への怒りも重なり、里美の拳はわなわなと震えていた。
「それでぇ? 一体何をしていたのかしら?」
「だから、ゴミをちょっと……」
再び紅葉の追及の声に、紀夫はオウムのように同じ言葉を繰り返す。
「ふーん……、島本君、君はこんなに近くによってもらわないとゴミも取れないの……。そんならあたしも取ってあげるわよ! ほらほら!」
振り返る里美はずいと顔を近づけ、力任せに頬をつねりだす。
「い、いらいよ、香山さん。いらいっればあ!」
半開きの口から空気が漏れてしまりのない抵抗をする紀夫。
「君、最近調子乗りすぎだっつうの! そんなことさせるために入部させたんじゃないんだからね!」
「ら、らって、そんらころいっらっれ?」
ホッペタを縦々横々と交互にいじくる里美は、何度も瞬きしながら唇を尖らせ彼を責める。一方、興奮から一転してねじ切られる痛みに襲われる紀夫は目をぎゅっとつぶって彼女の怒りが収まるのを祈るばかり。
「ふふふ。楽しそうね……」
「何言ってるんですか! こいつは、こいつは!」
「里美ちゃん、やきもちやいてるの?」
「な! そんなもんやきません! こんなネクラでオタクな運動音痴、誰が!」
ようやくつねっていた手を離すも紀夫の両頬はリンゴのように真っ赤っか。腫れ上がった部分をさすりながら「いちち」と呟くばかり。
「なんだよ、香山さんが入部してって言うからじゃん……」
「何よ。困ってる人を助けるのは当然でしょ? ていうか、誰も君にあんなことしろなんて頼んでません!」
「あんなことってなにかな?」
面白がっている風の紅葉が遠慮なく突っ込みを入れるので、どうしてもペースが乱れてしまう。いつもなら……どうするのかは置いといて。
「それはその、あんな風なんだから、やっぱり、その……みたいな? こと?」
「それじゃわかんないな。ていうか、そんなんで苛められたマネージャー君が可哀想」
紅葉は里美を交わすと、頬をさする紀夫の傍に立ち、そっと頬を撫でる。
「可哀想にね。里美ちゃん、こういうの経験無いからすぐ嫉妬してテンパるのよ。わかってあげてね。ちょっぴり素直になれないだけだから……」
「え? え?」
「ちょっと先輩、それどういう意味ですか?」
困惑気味の紀夫とそれに向き合う紅葉の間に割り込み、キッと彼女を睨む。
「どういうって……、見たまんまじゃない? なに? 今度はあたしに嫉妬してるの?」
「してません!」
「うふふ。素直じゃないな。そんなんじゃ紀夫君が疲れちゃうよ?」
「こんな奴、ボロゾーキンになるまで絞りとってやりますよーだ!」
「そう? でもあんまりすると赤い玉がでちゃうかもね……」
「「?」」
意味不明な例え? に顔を見合わせる二人だが、紅葉はそれに構わずロッカーから鞄を取り、そのまま部室を後にする。
「それじゃね。バイバイ」
「おつかれさまです!」
不機嫌な里美はフンと鼻息を荒げながら自分のロッカーに向う。そして乱暴に戸を開けると、やはり乱暴に荷物を取り出し、部室を出ようとする。
「香山さん、待ってよ。危ないから一緒に帰ろう」
鞄片手に追いすがる紀夫に里美は冷たい視線を向けつつも立ち止まる。
「……そうね、聞きたいことあるし、鍵置いてきたらすぐに来なさいよ」
「は、はい……」
ぶしつけな命令口調も妙な迫力のもと従うしかなかった。