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「今日もまたあの場所で」
【青春 恋愛小説】

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「今日もまたあの場所で」-1

 目の前には、蒼く澄み渡る広い空。もう夏も終わり、秋になろうという時期なのに、南中を少し過ぎた太陽は、暖かさというよりはむしろ暑さを持った光を降らせている。

憂鬱だ。こんな胸の透くような空を前にしても、心は晴れない。何故にこんなにも気分がはれないのだろう。受験勉強の疲れやプレッシャー?半年付き合った彼女と先週別れたから?部活を引退して運動してないから?今授業をサボってるから?腹いっぱいでなんとなく?いや、多分これら全部、それにほかにもいろいろと、が重なってこの憂鬱な気分をつくっているんだろうな。Blue…憂いを表す色。僕の目の前に広がる青はしかし、少しもそんな表情は無く、今の僕の気分とは裏腹に、ただ能天気に広がっているだけで、何故だか、一層僕の気分を曇らせた。そんな気分で今、僕―高沢和樹―はここ、屋上の給水タンクの隣で、コンクリートの上に寝転がっている。ちなみに今は普通授業中。昼飯を屋上で食べた僕は、なんとなぁく授業をサボりたくなった。それだけの理由で、ここに居る。憂鬱な気分に浸るのにも飽きてきて、昨日夜遅くまで勉強していたことを思い出した。思い出すとすぐに睡魔が襲ってきた。僕はそれに抗うこともせず、静かに目を閉じて、暫くまどろみを楽しむことにした。


…寒い。体を吹きぬける風に身震いした。同時に、やっと寝ぼけていた思考回路が正常になると、気づいた。

「やべっ…っ。」

どうやら随分と長く眠ってしまっていたらしい。西の空は赤く染まり、グラウンドを見下ろすと、サッカー部やら野球部やらが既に活動を始めている。疲れてたんだな、と、そんなふうに自分に言い訳をしながら、ふと、夕焼けの景色に目をやった。

「うわ…ぁ。」

思わず、感嘆の声が上がった。空も、街も、全てが赤く彩られたその世界は、なんと言うか、幻想的で、まだ自分が夢の中にいるのではないかと、そんな錯覚を感じるほど、美しかった。遠く地平の上にゆらめく、赤く大きな太陽は、どこか切なげで、そう、丁度先刻までの僕のような。僕はそのあるはずのない夕陽の感情に共鳴し、そしてその感情は、やさしくなだめられた。

 僕は暫く座ったまま真っ直ぐに夕陽と向かい合っていた。その間僕は、煩わしいことや、厭世的な考えなんかを全部忘れて、なんとものんびりとした、居心地のいい時間を過ごした。やがて陽が完全に沈みきるという形でその時間が終わると、僕はゆっくりと立ち上がり、軽く伸びをした後、その場を後にした。

 眠い。左手で頬杖をし、右手ではシャーペンを意味もなく回す。欠伸を噛み殺しながらぼんやり黒板を眺めていた。そういえば、きのう屋上で眠っちゃったのは今と大体同じくらいの時間だったな。現国だし、どうせ授業聞かなくてもできるから別にいいか、寝ても。僕は、左手で頬杖、右手にシャーペンの体勢のまま目を閉じた。いびきの癖は無いから、別に周りに迷惑もかけないし、バレもしないだろう。ということで、僕は安心して意識を夢の中へ―――――…

 ゴツ……ッ

不意に後頭部に鈍い痛みが走り、一気に夢から現実に引き戻された。

「!い…ってぇ。」

僕はバッと顔を上げた。痛みの原因がすぐそこに立っていた。現国の岡崎。奴の右手の先を見ると、未だ僕の頭を殴ったのであろう凶器―コブシ―が握られている。奴はそのまま笑顔で僕に語りかけた。

「そんなに私の授業はつまんないかなぁ、高沢クン。昨日の6限もサボってたしねぇ。」

極力皮肉をたっぷりこめた、という感じの響きだ。

「いえいえ岡崎先生の授業はとてもためになる素晴らしい授業です。」

と、できるだけ狼狽した様子を演じて言った。丁寧な言葉の中の皮肉に気付かれないように。すると岡崎はまた何か言おうと口を開きかけたが、小さな溜め息をつき、黒板の前に戻って行った。その間も、授業を再開してからも、ずっと笑顔は崩さない。その笑顔が、僕がこの教師を嫌いな理由だ。岡崎早苗。今年大学を出たばかりの新任教師だ。その若さと、美人、と言っていい容姿。さっぱりとした明るい性格、真面目極まりないが、物分りはいい。そしていつでも笑顔を絶やさない。そんなことで岡崎早苗の人気は当然凄いものだった。特筆すべきは、女子にも人気がある、という点だ。普通、男子に人気の教師というのは女子には嫌われる。というのが摂理であるが、岡崎はむしろ女子側に大きな人気を持っていた。もっとも女子のそれは男子の下心満々のそれとは違い、信頼感のようなものによって支えられているようだ。なんでも、ちょっと歳の離れた姉みたいで、頼りやすいのだそうだ。実際生徒に何度も悩みを相談されては、いやな顔一つせず、親身に相談に乗っていた。まぁ、そんなわけで男女共に生徒に人気があるわけなのだが、誰にでも好かれる人間なんてのは居ない。何故ならそんな人間を嫌う奴は必ずいるものだからだ。そして僕はそのタイプの人間。僕の場合は嫉妬からとか、そういう理由で嫌いなわけでは無く、ただ胡散臭さのようなものを感じているのだ。仕方が無い。そういう性格なのだ。ひねくれてる、とか疑り深いと思われるかも知れないが、用心深いと言って欲しい。そんなわけで、僕はあのいつでも笑顔の人気の先生を嫌っているわけだ。


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