「フロアマークを見つめて」-3
その瞬間、私もカオリ先輩もグランプリを確信した。こんなに堂々としたジュンコ先輩を見るのは初めてだった。ジュンコ先輩のダンスは高い評価でグランプリに選ばれた。
表彰式のジュンコ先輩、なんだかいつもと違う。妙に落ち着いている。どこか潔くて、まっすぐで、ほんとうに綺麗だなと私は思った。
表彰式が終わると、私は花束を持って楽屋に駆けつけた。
「ジュンコ、今日はよかったぞ」
カオリ先輩の言葉にジュンコ先輩が笑顔で応えていた。
「ジュンコ先輩、おめでとうございます」
「……」
ジュンコ先輩は眼に涙を溜めて私を抱擁してくれた。私は胸が大きくときめいた。その胸の早鐘のような鼓動をジュンコ先輩に知られたくないと必死で願った。
いよいよジュンコ先輩がパリに旅立つ日が来てしまった。それまで何度も告白しようと思ったけど、やっぱり言えない。今日こそ告白しよう。それともこのままあと1日黙ってやり過ごした方がいいの? ジュンコ先輩のために? 自分に勇気がないからでしょ。気持ちの整理もつかないまま私は成田空港に向かった。
空港にはもうみんな集まっていた。
「ミキー!」
ジュンコ先輩が私にすぐに気づいてくれた。私は足早に出発ロビーのジュンコ先輩たちのもとに近づいた。そして言った。
「ジュンコ先輩、お元気で」
その言葉の語尾も言い終わらないうちに、私の眼から涙が溢れ出した。どうしても自分の気持ちが抑えられない。このままジュンコ先輩と離れたくない。ジュンコ先輩は私の方に心配そうな眼差しを向けている。周りも何か変な雰囲気になってしまった。
その時、見送りに来たジュンコ先輩のお兄さんの姿が見えた。ジュンコ先輩がそちらの方に眼をやった瞬間だった。誰かが私の肩に手をかけた。
「ミキ」
カオリ先輩だ。カオリ先輩は少し離れた場所に私を誘導しようとした。
「ミキ、無理すんな。あたしがジュンコに話してみる」
「カオリ先輩、何を、ですか?」
「何をじゃないわよ。さっきからずっとハラハラして見てたのよ。ジュンコは鈍感だしさあ、ミキは一途だし。見てらんないじゃないよ」
「カオリ先輩」
「ミキも笑顔で見送るんだよ、いいね」
しばらくして、パリに着いたジュンコ先輩から一通のメールが届いた。私は自分の気持ちを吹っ切るように、すぐに返事を書いた。
「ミキ、いろいろありがとう。
ミキはあたしと違って繊細だから、ジュンコお姉ちゃんは心配だぞ。
あたしのいまの恋人はダンスです。
日本に帰ったら、また一緒の舞台に立とう。
メール待ってるよ。
可愛い妹へ」
「ジュンコ先輩、メールありがとう。
あたし、いろいろ考えた結果、来年の春からN女の舞踊団でレイコ先生に師事することに決めました。
あたしもジュンコ先輩のように、自分の恋人はダンスだって言えるようになりたいです。
今年のパリの冬は寒くなりそうですね。
お体気をつけてください。
妹より」