小悪魔たちに花束を【新天地編】第一章 晴嵐編入(前編)-5
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「あそこが、うちの学校(晴嵐女子中)の購買部だ」
指差す久石さんの陰からひょいと首を伸ばして、その先を覗き込むように見る。
「あれが、………購買部!?」
素っ頓狂な声を出してしまった後で、慌てて口元を両手で塞いだ。
そしてそんなボクの事を、何故か怪訝な表情で見下ろしてくる久石さんたち。
呆れて、開いた口が塞がらないって言葉をこの時、ボクは初めて実感した。
『購買部。って言葉に騙された』
「購買部じゃないし………。
ってか、コンビニでしょ。あれは既に?」
「はぁ!?
購買部って、こうだろ、ふつー?」
……………。
なんか今、久石さんがとてつもなく恐ろしいことを、口にしたような気がするんだけど。
「ってか普通、中学には購買部すらないし」
「知らなかった〜ぁ!」
山岸さんまで、信じられないことを口走ってる。
三里さんの方を振り返るけど、彼女は黙ってついて来てるだけ。
その表情から、彼女はどう考えてるのか、分からない。
下手に聞いて、更に常識から外れた言葉を聞く羽目になるかも。
そんな思いにとらわれて、ボクは前に向き直る。
『……もぅ、どおでも良いです』
購買部に着いたボクは、カウンターの向こうに立つ、四○代ぐらいのおばちゃんに、声をかけた。
「水着、欲しいんです。けど」
地味なスクール水着とは言っても、ボクが買おうとしてるのは水パンじゃなくて、女子用の水着なんだから、どうしてもその声は、やっぱり遠慮がちになってしまう。
それは、しょうがない事なんだけど。
それでもボクの身体に見合った水着を、奥から出してくれた。
「フリーサイズになってるから大丈夫だと思うけど、どうしても合わなかったらまた来なさい?
合う物に交換してあげるからね」
そう声をかけてきながら。
殆んどギリギリだったけど、こうしてなんとか水着を手に入れる事が出来た。
「おばちゃ〜ん、このタオルとバッグも、貰うよ〜ぉ?」
そう言いながら、山岸さんがボクの隣に立ち、お金をカウンターに置くと、そのタオルとバッグをボクの胸に押し付けてきたんだ。
『こんな物まで……』
訂正。
ここまで来たら、もう立派に百貨店(デパート)だよ。
「タオルもないと、困るでしょお?あげるぅ」
山岸さんの台詞に、ボクは慌てる。
「そ、そんな事、駄目だよ。後でちゃんと払うからね。
でも、ありがとう」
山岸さんは、ちょっと寂しそうな顔をしたけど、それでもすぐ嬉しそうに頷いて来てくれた。
「さっさと更衣室に行こうぜ」
「うん、そうだね。
もう今からだったら間に合わないかも知れないけど、それでも早く行かないと」
ボクは彼女たちに案内されながら、そのまま更衣室に向かった。
みんなに案内されて、更衣室に着いたボクは、そこで久石さんたちの前で一緒に着替えるんだって事に、やっと気が付いた。
「どうしたんだ、鳴海?早く着替えろよ」
更衣室の入り口で立ちすくむボクに、ブラウスを勢い良く脱いだ久石さんが、怪訝な顔を向けてくる。
「う、うん……」
ボクは彼女たちの姿が目に映らないように視線を逸らしながら、ネクタイに手を掛ける。
『女の子の前で裸になるのってやっぱり、恥ずかしいな』
そう思いながら、脱いだブラウスを教えられたロッカーに掛けて、ブラを外そうと両手を背中のホックにかける。
……………。
『外れない』
ムキになってもがくけど、悪循環。
そんな時、ボクは両手の指を掴まれた。
背中越しに見やると、それは三里さんだった。
『三里さん、もう着替え終ったんだ』
そう思った瞬間、今までボクの胸を押し包んでいたブラの圧迫感が、ふっと消えて、ピョコッと突き出た桜色の蕾を撫でる。
あれだけ悪戦苦闘していたにも関わらず、外す事に失敗し続けていたホックが、簡単に外れたんだ。
まるで魔法が解けるみたいだった。
そのまま二の腕をストラップが滑り落ちないように、慌てて両腕を交差させるように抱え込む。
「あ、ありがとう。三里さん」
熱くなり始めた顔を向けて礼を言うと、三里さんはただ微笑んでくるだけ。
それからボクは手間取った時間を取り戻す為に、急いで水着に着替える。
競泳用水着って、言うのかな。
ボクが知ってるような、普通の真っ黒なスクール水着なんかと違って、水色の生地に斜めに大きくレインボー・ラインが走った、目も醒めるようなデザイン。
それがボクは、余計に恥ずかしくなった。
背中が大きく見えてるし。
ちょっとハイレグ入ってるし。
こんな姿、漆原たちに見られたら、いい笑い物だよ。
いや、もしかしたら発情するかも。
……考えるのやめ。
「皆、待たせてごめん」
三人の方を振り向いたボクは、そこに多少引きつった、三人の表情を見た。
「鳴海って、小学生みたいにあどけない顔して、け、結構ワイルドな奴だったんだな」
あ。
そう言えば、水着に付いてたタグとか噛み千切ってた。