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「鬼と姫君」
【ファンタジー 恋愛小説】

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「鬼と姫君」2章B-3

「鬼と連れ添ってどうするというのです。その異形の者に喰われるか、人里離れた深山で朽ち果てるのですか。異なる世の者と共にいても、明日がありましょうか。人は人の中にいてこそ、幸福を得ることが出来るのです」

「人とそうではないものたちとの間に、どれほどの隔たりがあるでしょうか。人も虫も草花も、みな同じ世にあって生きています。自分と同じ見た目のものだけを愛して何になりましょうか。異なる種が混在してこそ、世は確かで美しいのです」

「しかし、その者は貴女に何を与えられますか。私は貴女に屋敷を用意しましょう。衣や調度品、貴女が望む物は全て。世を生きるには財が必要なのです」

鬼灯丸が小さく嘆息する。それはあまりに小さかったため、周囲には気付かれていないが。

「私が欲しいもの、それはこの鬼灯丸です。わたくしの心には今も昔も鬼灯丸、ただ一人しかいないのです。鬼灯丸に、人とは異なるもの、虫や草木の美しさを教えられました。このように優れた心根の者を、わたくしは人でも存じ上げません」

姫は一呼吸に言うと、傍らの鬼灯丸を見上げてにっこりと笑みを投げた。

それは鬼灯丸を心から安心させるような笑顔だった。

「ここでは姫君は生き難いと言う。それでは我が預かろうぞ」
鬼灯丸はまた、よく響く声音で朗と家人たちに呼びかける。

そして、おもむろに姫を抱え上げた。
「満足に孝行もできず、迷惑ばかりおかけした悪い娘でした。お父様、お母様どうか、お健やかに―…」
姫の最後の言葉を残すや否や、鬼灯丸と姫君はかき消えた。

後には一陣の風がごうと吹いたばかりで、屋敷に残された人々はあまりの出来事にただただ立ち竦むしかなかった。


鬼灯丸は素晴らしく速く駆けた。
姫は鬼灯丸の腕の中で過ぎ行く景色を眺めるが、あまりの速さと夜の闇で判別がつかない。
やがて、ざわざわと木々の揺れる音に包まれ出した頃、漸く鬼灯丸は速度を緩め始めた。

姫はこの辺りがどこなのか、屋敷のある都からどれほど離れているのか検討もつかなかった。
ただ不思議と不安はない。
それは鬼灯丸の暖かい両腕に包まれているからかもしれないが―…。

「さあ、我が屋敷を案内しよう」
鬼灯丸がそう言って立ち止まった場所は深い闇の中で、屋敷の庭ではあれほど明るく感じた望月の光も届いていない。
かわりに濃い緑の香りと鬱蒼とした木々の気配が立ち込めていた。

どこかの深山の中であるようだ。
鬼灯丸はいまだ姫を両腕に抱えたままだ。
その腕はまるで姫を離すまいとしているようで、闇の中にあっても姫は恐怖を感じない。

鬼灯丸が木々に隠された大きな岩の裂目へ入る。
そこは、昼間も鬱蒼とした木々が繁っており裂け目は愚か、岩を探ることも難しい。
岩屋の中に入った鬼灯丸がふっと息を吹き掛けると、一斉に灯りが点った。

姫はその広さに驚く。
岩屋に蓋をする形になっている、正面の岩の大きさからは想像も出来ないほど奥行がある。
床は磨かれており滑らかで、壁はごつごつとした岩肌のままだが、所々に窪みが拵えられ、そこに灯りが点り、室の中は明るく、暖かい。


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