エンジェル・ダストF-1
夜。
恭一は李邸の客間、正確にはバスルームで柴田から譲り受けた書類に目を通していた。
すぐ近くから五島のキーボードを叩く音が聞こえたが、彼はまったく気にした様子もなく早いスピードで読み続ける。
「…なるほどねえ…」
30分ほどですべてを読み終え、恭一は情報の正確さに改めて驚かされた。
──佐倉さんの意思か…。
先ごろ聞いた陸自、西部方面隊や北新大学病院、枝島への取材をもカバーし、その内容は1語1句間違いがない。
私論を一切混じえない、ジャーナリストとしての文章で綴られていた。
そんな作業中、ドアがノックされた。──どうぞ─との声に、入って来たのは蘭英美だ。
「松嶋さん、そろそろ夕食の時刻ですが、如何致しましょう?」
恭一は目尻を下げて恐縮しっぱなしだ。
「蘭さん。申し訳ないが、今夜は分析作業に掛りっきりの予定だ。
オレも五島と同じように、ここで食事を摂るよ」
その言葉に、今度は蘭が目尻を下げた。──困った顔だ。
「李が残念がりますわ。なかなかお2人と食事ができなくて…」
そう云うと部屋を後にした。恭一は、その後姿が消えた辺りに目をやりながら五島に訊いた。
「…ところで、アレは調べてくれたのか?」
問いかけに五島は頷いた。
「ああ。しかし、どうやってそんな考えが浮かんだんだ?」
キーボードを叩く指が別表示のディスプレイを映し出す。
画面を見入る2人の顔が険しいモノに変わった。
「…やはりな…」
「色々と調べていくうちに、ようやく分かったよ。オレ自身は信じられなかったがな…」
そんな五島の言葉に、恭一はさも有りなんと大きく頷く。
「昔、公安の手配書でな…」
「例のフォト・グラフィック・メモリーか?」
「まあ、そんなところだ」
集められた情報に目を通し終えた恭一は、一転、笑みを五島に向けた。
「そんなわけだ。くれぐれも注意しろよ」
「分かってるよ。忠告を守って気をつけるよ」
五島は──まだ信じられない─と云いたげに苦い顔で首を振っている。
「奴らならやりかねんさ。おそらく、別の意味で──プラント─してたんだろうが…」
プラント──組織に植え付けるの意。
「だとすれば、チェックが必要だな」
「ああ…自分達の身を守るためにはな」
恭一は、そこで話を切り替えるとキッチンに向かった。
「それより腹が減った。メシにしようや。おまえはどっちがいい?」
そう云った手には2種類のカップ麺が握られていた。