魔性の仔A-6
口を付けた缶ビールがゆっくり傾いていく。喉がわずかに上下する。
「ふうーーッ」
自宅アパートに帰り着いた刈谷は、一気に飲み干して空になった缶をテーブルに置いた。
そばには郵便物が重ね置かれている。
その場にゴロンと寝転がり、天井を見つめて浮かぬ顔で考えた。
──何故、あんなことをやっちまったんだ…。
早紀のことだった。彼女は入社当時から、明るい性格が相まってとても仲良くしていた。
それが、クルマの中で見つめられた途端、彼女を女と見てしまった。
だが、口唇を交し、彼女を抱きすくめた時、刈谷の頭に別の言葉が浮かんだ。
早紀は後輩だと──。
「…次に会ったら、どんな顔すりゃ良いんだ…」
刈谷は独り言を吐くと、2本目の缶ビールを開けた。
翌日。
朝9時、刈谷は中尊寺の別宅に向けてアパートを出た。
少女の世話を彼女に任せきりのため、もっと早く向かいたかったのだが、あまり早く行くと彼女の迷惑になると思った。
アパート沿いの道を北に5分ほど走り、突き当たった国道を右に折れて東に向かう。
両サイドをビルに囲まれた道。そのわずかな隙間から垣間見える山の景色。
30分ほど走ると、道は徐々に登りの傾斜がつきだした。
そこからさらに15分走らせた時、行く手を阻むように視界全体に木々の壁が現れ、蛇行して登っていく道が見える。
刈谷はアクセルを踏み足し、ハンドルを大きく切って山道を登りだした。
コンクリートの壁とガードレールの間の路面を、巧みなドライブィングで駆け抜けて行く。
──なんだ…?
半分ほど登っただろうか、刈谷の前方にひとりの男が山道を歩いていた。
──こんな場所を徒歩で…珍しいな。
通り過ぎる際、男を見た刈谷の足が思わずブレーキペダルに伸びた。
──こいつは…。
茶色というよりは赤毛に近い髪。ミケランジェロの彫像のような顔立ち。しかも、その目は赤茶けている。
そんな男が雲水姿で歩いている。刈谷はクルマを降りて男に声を掛けた。
「…失礼ですが、修行中の方ですか?」
突然の問いかけにも関わらず、男はにっこり笑って答えた。
「ええ。この先に私の村が在るので、そこに帰るところです」
「この先って?」
「この道の頂辺り。小さな村ですが、私の故郷なんです」
答える男の目はとても澄んでおり、人柄の良さを感じさせた。