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「鬼と姫君」
【ファンタジー 恋愛小説】

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「鬼と姫君」2章A-2

結局、中将は妻女に夫を連れてくるよう約束させられ、屋敷を辞し、今その夫とこうして別の女の品定めに来ている訳だが―。

男の子童と笑いあう、虫愛づる姫は、まだあどけなさを残し、それが右馬佐の妻と重なり、中将の憐れを誘う。

今は虫にしか興味がないような、あの姫でさえ、やがては右馬佐に溺れ、そして捨てられてしまうのだろうか―。


次の日、安擦使の大納言の屋敷は大騒ぎになった。

何と、今を時めく右馬佐から一の姫へ文が届いたのだ。
これには両親も喜んだ。
結婚とはいかないまでも、浮名を流す右馬佐が一の姫のもとへ通ったという噂が広まれば、その後良縁にも恵まれるかもしれない。

当の本人は文など気にもとめず、相変わらず庭に下りては童と虫の観察に忙しい。

結局、両親の返事をしたためるようにとの再三の勧めも省みず、姫が筆をとることはなかった。


八日が過ぎたある日。

その日は何故か、屋敷全体が浮足立っているようで、待女たちも落ち着きがない。
一の姫はいぶかしく思いながらも、何時ものように素足で庭に下りようとした。
外は晴天で浅黄色の空が広がり、遮る雲も少ない。
陽射しも夏の狂気を孕み、眩しい。

あと一寸ほどで地面に足が届くというところで、乳母に部屋へと引き戻された。
何事かと思う間もなく、乳母は侍女数人を引き連れ、猛然と姫の身を整えだした。
髪を櫛梳る者、着物に香をたきしめる者、化粧を施す者―。

「突然にどうしたというのじゃ」
姫が為されるがまま、目を白黒させて問うた。
白粉が舞い、思わず咳き込む。
治まるのを待って、侍女が唇に紅を挿す。

「本日、右馬佐さまがお渡りになります」

乳母やが淡々と答える。
目を合わせないのは後ろめたいからか。

姫は驚いた。
なぜ、文を交わしたこともない相手と会わなくてはならないのか―。
「何故じゃ。文を交わしたこともない方が、お渡りになるとは、如何なること」
姫は怒気すら含め言い募り、身繕いをしていた侍女たちを邪険に下がらせた。
「お許し下さい。旦那さまのお言い付けで、代筆にて右馬佐さまと文を交わしていたのでございます。しかし、これも姫様を思ってのこと…。右馬佐さまは、姫様を屋敷に迎えてもいいとさえおっしゃっているのです」

返事がなくとも、熱心に文を送ってくる右馬佐に父、安擦使の大納言も気に入り、何とか頭を悩ませている娘へと渡りをつけたいと考えていた。
右馬佐は血筋の高貴なこととと、ゆくゆくの出世も約束された注目株であるから、尚更だ。
そこには、単に娘の将来を憂いてだけのことではなく、娘が右馬佐の寵愛を得れば、自身の出世と確かな後楯の獲得ということも、微かな希望とともに安擦使の大納言の腹の中にはあった。


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