ヴァンジュール〜フライング篇〜-3
「キミはどうしてあんなところ――段ボールの中にいたんだい?」
「わからないんです。いつものようにアパートの屋上で筋トレをしてたら、いきなり引きずられて、屋上から落ちて、そこからもうわからないんです」
声が震えていた。よっぽど怖い目にあっていたのか、全身も震えていた。
「なるほど」
「僕はもう……死んだのでしょうか?」
「ああ、キミはもう死んでいるね」
現実を受けとめたくないようだった。しかし、彼は既に死んでいる身。ここから先誰かに悪さしないとも限らない。だから、早めに成仏させる必要がある。
先ほどからぶつぶつ呟いている彼に単刀直入に言った。
「さっきも言ったけど、キミはもう死んでいる。だから、成仏しなければならない。もしよかったら、成仏を手伝うが……?」
「成仏ってことは、もうここには――現実の世界に戻ってこれないってことですか?」
「そうだね。ここには戻ってこれない」
「じゃあ、お断わりします! 僕にはやるべきことが残っているんです。果たさなければいけない『約束』が残っているんです! それが果たせないかぎり僕は死ねません!」
「その『約束』って何なんですか?」
珍しく楓君が言った。依頼人と交渉するのは基本僕の役目であるから、依頼人に話し掛けることは稀有である。どうしても気になったのだろう。
「それは言えません。『約束』は他人に言ってしまったら、その意味を無くしてしまいますから」
真剣な顔つきで彼は主張した。彼にとって『約束』とは命を懸けるほど大切なものらしい。しかし、これでは交渉は難しいだろう。秘密兵器を使うしかないだろう。
先程五芒星を描いたページの次のページに五芒星と六芒星を重ねて描き、その中央の空白に弥生良太郎と書くと、そのページはすぐに消滅した。風景は白い線が僕と楓君のまわりを螺旋上に渦巻いている。
「先生、なにを……?」
「良太郎君の記憶を借りて、約束の理由(わけ)を探るのさ」
※※※
小さく風が吹き、草花を揺らした。滑り台もブランコも鉄棒もその形を誇示して、遊んで欲しそうにしている。その公園の砂場には幼き日の彼らがいた。
「ぼくはいつかそらをとんぶよ!」
少年は胸を張っていった。少年は本気で空を飛ぶ気でいた。この時は知らなかったのだ。人間は空を飛べないなどと……。
少年と砂場で小さなトンネルを作っていた少女は笑顔で言った。
「じゃあ、やくそくしよ?」
「やくそく?」
少年は首を傾げた。『やくそく』という言葉を聞いたことが無かったからだ。どんな意味を持つのか知らなかった。