『everyday』-1
雨上がり特有の香りがする。早朝に雨があがったのか、人がまばらに出始めた今もまだ匂う。
この匂い、あんまり好きじゃないのかも、と花はふとぼんやり思った。
たまたまそう思ったのか、心の中の憂鬱がそう思わせたのか。
毎日通う高校へ続く道だから、こうやって水溜まりを見ながらうつ向いていても歩いていけそうだった。
「花〜!花!」
突然声をかけられ、肩をポンと叩かれた。
「あ…千草、オハヨ」
「何、どうしたの、なんかあった?」
普段とは違う花に早速気付いたのか、親友の千草は唐突に尋ねてきた。
いつも明るくてむしろうるさいくらいの千草の表情が、花に合わせて深刻になっているのが急におかしく思えて、花は笑いだしてしまった。
「ちょっと〜何なの、暗いかと思ったら笑い出して!」
千草も笑いだしたが、目はまだ疑っている。
花は何となくうしろめたい気がしたけど、ただ「なんでもないよ!雨の日は憂鬱なんだも〜ん」と返事をした。
…本当にそうなら楽だけどね。
心の中で苦苦しく呟く。
他に原因があるのは花自身でもわかっていた。
それはもちろん――――
「あ、花、後ろ、京介君、いる」
周りに聞こえないように、千草が小さな声で単語を羅列する。
京介――…
心臓が飛び跳ねる。名前を聞いただけなのに。さらに言うと、自分の恋人だというのに。
後ろからスタスタ足音がして、見慣れた横顔が隣に並ぶ。
「おはよう」
寝坊したのか、少しかすれた声。それだけで顔が熱くなってしまう自分が恥ずかしかった。
「オハヨ」と小さな声で返すと、京介は花と千草に向かってちょっと手を挙げてからさっさと二人を追い抜かしていった。
後ろ姿を見送ったあと、花は思わずホッとして溜め息をついた。
「いや、しかしあれだわ、京介君やっぱ目立つよ。かっこいいもん。あんた幸せもんだよ」
何故か興奮した口調で千草が花をそそのかす。
「そんな今更……もう付き合って1年はたつじゃん!」
まあでも京介がかっこいいのは認めよう。ついそう思った花だがすぐその考えを振りきった。
校門が見えてきた。
すると丁度校門を通る京介が見えてまたどきりとする。
せっかく忘れたのに!
花はうすい水色の空に向かって毒を吐いた。
*******
花のここ最近の悩みは、恋人の京介のことだった。
――もしかしたら自分は京介の事を好きではなくなってきているかもしれない――
別に花が京介に飽きたとか、ほかに好きな人ができたとかではない。
〈京介が、冷たい〉
実際京介は、いわゆるクールというやつであり、その性格を表したかのようなすっきりした顔立ちと、すらりと伸びた身長の高さ、それに加えて勉強もできるということで、隠れたファンがいる。
そんな京介と、同じく綺麗に整った顔立ちで、そのやわらかな性格でも人気だった花が付き合い出した時は、噂が学園中に広まった。
だけどまあ京介が冷たいのは最近分かったことじゃないし、そういうチャラチャラしてないとこを好きになったのもあるのに。
何故かしっくりこないのだ。愛されてないような気がする。特別恋人らしいこと、してないし。
最近花はそんなことばかり考えてしまい、学校でも、お風呂に入っていても、寝る前も、考えに考えた。
その結果、だんだんと京介への想いが揺らいでいき、嫌いだ、とさえも思うようになってしまっていた。
というより、そう思わないと不安だったのだ。嫌われっぱなしなんて、いくらなんでもプライドが。
でも……甘い言葉なんて言い合うようなカップルじゃないのはわかってるんだけど。
確かなものが欲しいってやつだろうか。
「どっちにしろ嫌いだよ…」
最後のセリフを、花は思わず呟いていた。